好き以外認めない

※にゃんこ小話。旧サイト内企画『恋模様20のお題』より。









「うわっ」
背中に衝撃を受け、ハボックは思わず大声を上げてしまった。
さらにぐっと食い込む細い爪に顔を顰める。
後ろを振り返って。
自分の位置から相手は見えないが、雪の上に点々と残る足跡を確認する。
「大佐、降りて下さい」
『肉球が冷たいんだ。我慢しろ』
「いや、ぶら下がられると俺も背中が痛いんですが」
『霜焼けになったらどうしてくれるのだっ』
怒声と同時に更に爪が深く刺さったらしく。
ハボックは、だから猫は嫌なんだと思いながら低く唸った。
気紛れで、自己中心的で。
構って欲しいとなるとどんな手段を使ってでも相手の視線を自分に向けさせようとする。
こんな身勝手な生き物に付き合うなど、昔の自分なら考えられない。
だいたい雪掻きの最中にまで”構って欲しい病”を発病する方が悪い。
いい加減雪掻きに疲れていたせいか、そんな思いばかりが胸の中で渦巻いて。
ハボックは苛々した気分にまかせ、銜えていた煙草を強く噛んだ。
「部屋の中にいれば良いでしょう。まだ仕事が残ってるんでしょ?」
『嫌だ』
「嫌ってアンタ…」
『とにかく、嫌だ』
背中の黒猫はへばりついて離れる気配はない。
他に人がいれば取ってもらうところだが、あいにく側には誰もいなかった。
一緒に作業していたブレダも今は別の所へ行ってしまっている。
「降りて下さい、大佐」
『嫌だ』
ロイの返答はまったく変わらず、それがささくれ立った心を逆撫でする。
その感情が半ばやつ当たりであることぐらい、ハボックにも分かっていた。
だが、一度波立った感情はそうそうコントロールできるものでもなく。
「大佐、いい加減にしないと――」
と、声を荒げたハボックは、だが、その言葉を途中で途切れさせた。
ハボックの野生の勘が背中の不穏な空気を感じとったからだ。
『しないと、何だ?』
不機嫌さを隠さない声。
だが、それに負けず劣らずの不機嫌さでハボックは見えない相手に向かって唸る。
「………俺、ちょっと今、あんたのこと嫌――って痛っ、い、痛いですよっ!爪!爪!」
苛立ちが吐かせた台詞は、再び最後まで言う事なく途切れる。
代わりに上がるのは、深く爪を立てられた痛みに対する悲鳴だ。
『許さないからな』
「…は?」
低く、呟くような声音に。
ハボックは少し涙眼になりつつ聞き返す。
それに答えて返る声は、先程の聞き取り難い呟きとは正反対の、随分とはっきりしたものだった。
『嫌いだなんて、言ったら許さないからな』
「………アンタね」
『…嫌いだなんて言わせない』
「………」
声に混ざるのは、怯む心を必死に隠す、虚勢の色で。
『…………』
「…………」
続く沈黙に、ハボックは大きく溜息をついて、それから気付かれないように口元に苦笑を浮かべた。
「大佐。上着の中のが暖かいんでこっち来て下さい」
『………』
「妥協案ですから。いつまでも背中に引っ付いてないで下さいよ」
『…………』
無言で背中伝いに肩に移動し、ロイはハボックの上着の懐に収まる。
それを確認し、落ちないように上着の前を合わせてから。
ハボックは少しだけ考えて、言葉を口にのせた。
「…つーか、本当に嫌いになれるんならとっくの昔に見放してますよ」
俺はそこまでお人好しじゃないっスから。
少し遠回しなその言葉の、本当の意味が通じたのかどうか。
ただ、ロイはふんと小さく鼻を鳴らしただけだった。
















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