わんこと錬金術師 番外

※わんこと錬金術師…って言うか、わんことにゃんこ?なイロモノ万歳企画。ハボ←ロイ。未完のまま放置。









― 朝 ―








「「………」」

窓からは気持ちの良い(いっそ眩し過ぎるくらいの)朝の日差しが差し込んでいたが。
その朝のマスタング家の寝室は、外の空気とは真逆の重苦しい沈黙で満たされていた。

「で、どういうことか説明してもらえます?」
暫く続いた沈黙を破り、先に口を開いたのは金色の大型犬――ハボックの方で。
戸惑うような、それでいて何処か諦めの混じったそんな声で、いまだベッドの上で硬直したままの飼い主に問う。
「………」
「ロイ…聞いてますか?」
「…あ、ああ…多分」
こくこくと頷きはするが、飼い主――ロイの意識はハボック以外のものに向けられたままだ。
掴んだままの黒い物体から視線を外せずにいる。
「…多分って…」
中途半端な答えに呆れるハボックに、ロイはあくまで視線はその物体に固定したまま。
「………お前はこれを…何だと思う?」
と訊いた。
これ、と示される物体は彼の内心の動揺を表すかのように僅かに毛を逆立てている。
「はあ…そうっスね。俺の見た限りでは猫の尻尾…のように見えますけど」
アンタには違う物に見えますか?
「いや…そう見える…」
やっぱりそうなのかと項垂れるロイに合わせ、手から離れた黒い尻尾もへたりと垂れた。
ハボックはその光景に更なる事実を指摘するかどうか迷ったが。
結局、言ってしまうことにした。
「追い討ちをかけるようで難なんですけどね…」
「…なんだ」
「耳も生えてますよ。りっぱな三角のやつが」
「何っ?!」
途端に跳ね起きて、ロイは洗面所へ走っていく。
寝室に取り残されたハボックはしょうがねぇなと思いつつ、のんびりとその後を追った。



「………」
ハボックが洗面所に足を踏み入れた時。
ロイは鏡の前で硬直していた。
先程、尻尾を見つけてしまった時と変わらない何とも情けない表情で、頭に生えた三角のそれを指で摘んでいる。
「…ロイ。硬直してても事態は変わりませんよ」
「………」
「とりあえず顔洗って飯食って、それから考えましょう」
「…う…うむ」
頷き、頭のそれを気にしながらも顔を洗うべく動き始めたロイに。
ハボックは小さく溜息をついて台所へ向かった。
「あ、そうだ。卵はどうします?」
「目玉焼き。両面ともきっちり焼け」
「へーい」
四足の獣が床に爪を擦る音が消えるのを聞いて、ロイはふんと鼻を鳴らした。
こんな事態でも取り乱さない飼い犬の様子に、自分が激しく狼狽た分何とはなしにむかついてくる。
ばしゃばしゃと乱暴に顔を洗い、わざとタオルを三枚も使ってやった――家事全般はハボックの役割なので完璧な嫌がらせだ――辺りで、漸く気が晴れてきた。
その後、歯を磨きながら、じっくり『耳』を観察する。
黒い三角の耳は、ハボックの耳――勿論犬の時のだ――より薄い。
触り心地はそう悪くないがやはり犬の耳の方がいいなと、実にどうでもいい事を考えつつうがいをして。
ロイは洗面所を後にした。
ふらふら匂いにつられるまま食卓を覗けば既に朝食は出来上がっていて、うむと頷いて椅子に座る。
それに気付いてハボックが台所から戻ってきて。
その姿にロイはもう一度頷いた。
「何ですか?」
不思議そうに首を傾げ訊いてくるハボックの姿は犬ではなく人間だ。
食事を作る時や掃除などをする時、仕事の時。
そういう限られた時だけ見られるこの姿を、ロイは――本人(犬?)には言わないが――とても気に入っていた。
勿論、大型犬の姿の方が好きなのだが。
犬の姿の時には見られない――と言うよりは人間には解釈し難い――細かい表情の変化や仕草が見られて、いくら見ていても飽きないのだ。
首を傾げ主人の返事を待つ飼い犬に、ロイは首を振る。
「何でもない」
「…ま、いいっスけどね」
さして気にした様子もなく。
ハボックは視線をロイから目の前に並べられた皿に移す。
その姿に「ああ、そうだったな」と呟き、ロイはよしと動作で示してやった。
「いただきます」
主人の許しをおとなしく待っていた大型犬の頭を撫でてやり、ロイも「いただきます」と口にする。
「うまいな」
「どうも。で、どうするんですか。それ」
褒める飼い主に嬉しそうに笑ってから、ハボックは『耳』を指す。
ロイはその言葉に顔を歪めそっぽを向き。
「…原因が分からんことにはどうしようもない」
と言って卵を突付く。
食べ物にやつ当たりしないで下さいよと皿を下げようとするハボックの腕を無造作に掴み。
睨み付けてきた視線は据わってしまっていた。
うわ、怖ぇ。
と内心呻き、ハボックはロイの皿から手を離す。
「はあ…じゃあ、とりあえずはいつも通り出勤って事で」
いいっスかね。
「うむ。仕方あるまい」
そこから暫くお互い黙って食事に専念し。
ハムの最後の一切れを口に放り込み、咀嚼して。
「じゃ、中尉に連絡して『書庫』によってから行きましょうか」
飲み下してからそう言ったハボックに、ロイは首を傾げる。
「…?」
ハボックの言う書庫とは、彼の元の主人が長年使っていたイーストシティの郊外にある古びた洋館で。
文字通り書庫と読んで差し支えのない程、大量の本が所狭しと(一部は崩れて床を占領して)置いてある場所だ。
「確か昔の事例とか症例が載ってる奴があったんですよ」
他にも役に立ちそうな物があるかもしれませんし。
「そうだな、行ってみるか」
ロイが頷くのを確認して、ハボックは食べ終わった自分の皿を持って立ち上がった。
勿論、立ち上がる前に「ごちそうさま」と口にするのも忘れない。
「じゃ、中尉に連絡してきますね」
「うむ」
去っていく後姿を見詰めながら、もそもそと食事を続けていたロイは。
「………あ」
ふと、(ハボックにとって)とんでもない事を思いついた。
それは、

――この姿ならハボックに迫っても犬と人間だからという理由では断られないかもしれない。いや、断られないはずだ。

という、明らかに色々間違っているもので。
それに対して突っ込む相手がいなかったのも手伝って。
ロイは早速綿密な計画を練り始めた。




わんこの受難はこれから始まります(苦笑)





イロモノ万歳な感じ、その2。








― 昼の1 ―








見知った金色の毛並みの大型犬が熱心に本を読んでいる姿を発見し、ヒューズは苦笑した。
これではただの犬だとごまかす事など到底不可能だろう。
それでもごく一部の者以外彼の正体に気付かないのだから不思議でならない。
「よっ、わんこ」
軽くそう口にすれば、最初からヒューズの存在に気付いていたのだろう。
「わんこって言わないで下さい…」
本から顔を上げぬまま答えてきた。
ヒューズは心底嫌そうなその声音を気にした様子もなく、辺りを見回し。
目的の人物を見つけられず首を傾げた。
「ロイは?」
問うと、ハボックはちらりと視線をヒューズに向け、それから深い溜息をついてみせた。
見るからに訊かれたくない、と言う感じの態度にヒューズはさらに首を捻る。
一体なんだというんだろうか?
ヒューズは先程、リザにも会ったのだが、彼女は何故か困ったように笑っただけだった。
『お会いになれば分かります』
そう言われてまずハボックを探したのだが…。
いつまで経っても返事をしないハボックに、ヒューズはしゃがみ込んでその尻尾をつつく。
「おーい、わんこ?」
「執務室で仕事中っスよ」
「へえ、珍しいな。ケンカでもしたのか?」
そう訊かれて。
ハボックは漸く顔を上げ、ヒューズを見詰めた。
なぜそんな結論になるのか分からず、不思議そうに首を傾げる。
「?…何でです?」
「だってロイの奴、お前さんがこっちにいる時はここで仕事してるじゃねぇか」
「………」
「おいおい…気付いてなかったのか?」
「はあ」
まったく気付いていなかったらしいハボックに、ヒューズは呆れた。
あれ程あからさまに構って欲しいというオーラを飛ばしているというのにまるで気づかないと言うのはすごい。
「お前も結構鈍いよな…」
でもって報われないな、ロイ。
少し親友に同情するヒューズに、
「…まあ、ケンカじゃないですよ。やむを得ないって言うか何て言うか…」
とハボックは言葉を濁した。
「?」
「行ってみれば分かります」
それだけ言って、話は終わったとばかりに本に視線を戻す大型犬に。
「おう」
ヒューズはよく分からないが頷いておいた。





「うわ」
おい、こりゃあ予想以上だな。
ロイの執務室に入った途端そう言って笑い出す親友に。
ロイは大変不機嫌な顔で彼を睨み付けた。
「…失礼な奴だな」
唸るロイの頭では表情同様に不機嫌さを表わす三角の物体が二つ。
そう。それはどう見ても猫の耳だ。
少なくともヒューズの目にはそう見える。
ついでに言えば黒い尻尾も見えていて、さっきからぱたぱたと振られていた。
「だってよ…もうすぐ三十路になろうって男が猫耳だぜ。しかも似合ってるし」
「こんなもの似合ってたまるか」
「でも似合うぞ?」
「………ヒューズ…」
すっとロイの右手が上げられる。
当然、そこには発火布の手袋があり、すでに準備は万端という状態だ。
「うわっ、それは止めろっ」
ヒューズの悲鳴と小さな爆発音が東方司令部の一角に響いた。



「………という訳だ」
一通りの説明の後、分かったかとふんぞリ返る親友に、ヒューズは頷いた。
「…つまり一言で言うと原因不明だってことか」
「…分かりやすく言えばな」

深刻…とは見た目の問題であまり思えないが、身体にどんな影響があるのかは分からない。
そう、自身で説明したくせにロイに余り気にした様子はない。
周りの方も、このイレギュラーな上司がまた何かやったのだろう程度で済ませてしまっている節がある。
恐らく、説明を受けた中尉もさすがにこの事態には苦笑するしかなかったのだろう。
あるいは、原因追求はハボックに任せてあると言うのだから問題ないと判じたのかもしれない。

「…しかし…俺はついにお前が人間やめてわんこと同類になる気になったのかと思ったぜ」
どう見てもキメラだし。
そう言って笑うヒューズに。
「…………」
ロイは何も言わずに彼の顔を見詰めた。
「いや、ロイ。いくらなんでもそこまで軽はずみな事をするとは思って…いや…ないとは言い切れないけどな…うん」
ヒューズは気を悪くしたのだと思い慌ててフォローするが(フォローになっているかどうかは別として)。
ロイは口を開きかけ、結局眉間に皺を寄せただけで黙ってしまう。
明らかに何かを言い渋っているのだと分かる仕草だ。
「ロイ?」
言いたいことがあるなら言ってしまえと促すヒューズに。
しばらくの沈黙の後、ロイは口を開いた。
「ヒューズ」
「何だ?」
ロイは一度大きく息を吸って、意を決しそれを口にする。
「今のこの姿ならハボックも人間だからと言う理由では断れないと思わないか?」
「…………」
真剣そのものな表情に、ヒューズは一瞬本気で引きかけた。
そんな事かよとか、聞くんじゃなかったとか、色々な後悔が頭を過る。
「ヒューズ?」
「いや…お前らまだ進展してなかったのかよ」
あんだけ揉めに揉めてくっついたのに。
中央時代に散々振り回されたヒューズとしてはいい加減落ち着いて欲しいのだが。
どうやら彼らの関係はいまだに進展していないらしい。
「…悪かったな」
むっとした顔でそっぽを向くロイは。
「大体あいつが悪いんだ。私が人間だからダメだなんて言われても納得できるか」
と、不平を口にするだけで、それでも諦める気は欠片もなかった。
それはハボックの方が正しいだろうと、そうヒューズは思うが言っても無駄なのは知っているので口を噤む。
ただただ、とんでもない人間に好かれてしまった憐れな大型犬に同情するだけだ。
同情するだけのはずだったのだが…。
すっと視線を向けるロイに。
ヒューズは最大級の『嫌な予感』を覚える。
「と言うわけでだ、ヒューズ」
「嫌だぞ」
明らかに性質の悪い笑みを浮かべている親友に激しく首を振って主張するが。
そんな事を素直に聞き入れてくれるような人間であるはずがなく。
「ここへ来たのが運の尽きだ。協力したまえ、ヒューズ中佐」
にっこりとそう言われてしまえば、最早ヒューズになす術など存在しなかった。

――頼むから俺を巻き込まないでくれ。

そんなヒューズの思いを酌んでくれる程、彼の親友は優しい性格はしていなかった。
















※未完です。すみません…


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