わんこと錬金術師 小話










「…アンタいつまで拗ねてる気ですか」
ハボックの問いに、ロイは窓の方――つまりハボックのいる方と反対――に顔を向けた。
こうもあからさまな反応をされてはさすがに困るのだが。
そんな飼い犬の内心など知ったことかと言うロイの態度に。
ハボックは深く深く溜息をついた。


事の起こりは数時間前に遡る。

中庭でのんびり昼寝していたハボックは、ロイに手紙――例によって上からの激励のだ――を運んできたヒューズに絡まれていた。
多少誤解を生みそうな言い方だが、それが最も近い表現なのでその辺は勘弁してもらうとして。
サボることが出来ず機嫌の悪いロイにすぐに会う気にはなれなかったらしい彼に運悪く掴まってしまった為に。
ハボックはこれでもかと言うほど構い倒された挙句、花壇に水を撒くという名目で強制的な水浴びまでさせられてしまったのだ。
これだけでも充分過ぎるほど災難だったのだが、良くない事というのは連続して起こるもので。
リザの目を盗んで抜け出すことに成功した飼い主に、その現場を目撃されてしまったのだった。
嫉妬深い主人の目に、それがどう映ったかなど訊くまでもなく。

そして、冒頭の台詞に戻る訳だ。


「いい加減にしてください」
でないとその内中尉に撃たれますよ。
そう言って、伸び上がってロイの手を舐めてやると。
ロイはちらりとそんなハボックを見て不満げに顔を歪めた。
「…私とは絶対あんな風には遊ばないくせに…」
「………アンタ、あんなガキみたいな事したいんですか?」
あれってどう考えても一種の嫌がらせですよ。
本気で引きかけるハボックに。
しかし、ロイは勢いよく振り向いて否定する。
「違う!ただ私は飼い犬との」
「アレを飼い犬とのコミュニケーションと断言する人間とはお付き合いする気になれないんですが」
大体フォローもせずに行方をくらますし。
そんな切って捨てるような物言いに。
「…だってだなっ」
勢い込んで何か言おうとする――大体想像はつくが――ロイに、ハボックは呆れた眼差しを向ける。
「…アンタだって、俺がどれだけ嫌がっても勝手に構ってくるんですからある意味同じなんですけど」
「っ」
思い切り傷ついた表情をするが、すぐに無理やりそれを押し隠そうとする飼い主に。
ハボックは小さく溜息をつく。
「でも、俺はアンタにはそれを許してます」
「…マースにだってそうだろう…」
ロイはあくまで自分と他人に差をつけて欲しいのだ。
自分にとってこの大型犬が『一番』であるように。
彼にも、自分を一番だと思って欲しかった。
「…少なくともあの人に枕にされるのは絶対ごめんです」
男に関しちゃアンタ限定です。
「だから、とりあえずその辺で手を打ちませんか?あの人はアンタの親友でしょう」
ね?と諭す飼い犬にロイは僅かに考えてから。
「…うむ」
仕方ないから許してやろう、という態度で頷いた。

身を屈めてぎゅっと抱き締めてくるロイに。
ハボックは、上手く言い包められて良かった、と思っていたのだが。
まあ、知らぬが仏と言う奴である。









「何スかこれ」
ずいっと目の前に差し出された物体に。
金色の大型犬――ハボックは(実際は訊くまでもないが)そう訊いた。
「見れば分かるだろう」
差し出した当の本人は何を言い出すんだと言わんばかりの顔でハボックを見ている。

確かに。
誰がどう見てもそれは何の変哲もない、秋口から冬にかけて良く見かける食べ物だ。
だが、差し出した相手には大いに問題がある。
つい先日、見た目はスイカだが中身は明らかに違う謎な食べ物?を試食させられた事は記憶に新しく。
だから、一応確認をとらなければそうと断定できないのだ。
(ちなみにヒューズも一緒に試食させられ、結果危うく病院に運び込まれそうになった。)

「…焼き芋っスか?」
「それ以外の何に見える」
違ったらやだなぁと考えつつ問うハボックに。
しかしロイはあっさり肯定した。
またあの錬金術で作られた謎の物体を食べるのだけは遠慮したかっただけに。
その返答にハボックは内心ホッとする。
だが、ホッとしたのも束の間。
その頭に今度は別の問題が浮上した。
「………一つお尋ねしますが」
「ん?」
「これ、アンタが焼いたんですか?」
「そうだが」
それがどうした。
「………いや」
不思議そうに首を傾げるロイに、ハボックは思わず視線を逸らす。
ロイの料理はお世辞にもうまいとは言えない。
まずいとも言えないのが最大の難点で、断りきれずに――なにしろロイ自身は善意でやっている節があるので――食べた事は結構あった。
「安心しろ。何度も練習したからうまく焼けたぞ」
味見したから大丈夫だ。
そう言ってほらと示す飼い主に。
ハボックは本当にしたのだろうかと考える。
確かに匂いは良い。
更に言えばロイの味覚は――非常に意外な事に――正常だ。
色々考えた末のハボックの結論は。
「………アンタ…コレの為に幾つ芋使ったんですか」
だった。
何度も練習、と本人が言うのだから相当な量を費やしたはずだ。
「大した問題じゃないから気にするな」
「気にします」
幾つ使ったんです?
「…………教えたくない」
眉間に皺を寄せたままぽつりと呟くように口にした飼い主に。
ハボックは大きく溜息をついた。
もったいない。
そう思うが、家事はまるで出来ないロイが自分の為に芋を焼こうとしてくれた事は――例え本当に焼くだけのものだとしても――嬉しかった。
「ロイ」
「…仕方ないだろう。私は料理が得意じゃないんだ」
ふてくされた子供のように顔を背ける姿にハボックは苦笑する。
「知ってます」
そっと、焼き芋を持ったままのロイの手を舐めて。
「ね、一緒に食べましょう」
半分ずつ。
そう言って尻尾を振る飼い犬に。
ロイはこくんと小さく頷いた。



秋の味覚。

↓ついでにおまけ。

「これ、何ですか」
庭の隅に隠すように置かれた山積みの黒い物体に。
ハボックは低く唸った。
ロイは明後日の方に視線をやり、憮然とした表情でそれに答える。
「芋……のなれの果てだ」
「…もったいない」
これだけあれば色々作れたのに。
やはりロイは(焼き芋を料理と言うならだが)料理などするべきではないと、そうハボックは思った。






「あれ?」
「どうした?」
扉を開けた途端、間抜けな声を上げる大型犬――ハボックに。
後ろにいたヒューズは首を傾げた。
それから、そのままひょいっと中を覗き込む。
「ああ…またサボりか…あの無能中佐殿は…」
「………みたいっすねぇ…」

例によって。
無能中佐ことロイ・マスタングは、彼の執務室にいなかった。
その事実に、二人(正確には一人と一匹)は大きく溜息をつく。

「…少尉が戻ってくる前に探さないとやばいっすよねぇ…」
うんざりとした口調でそう言うハボックに。
「だよなぁ…」
俺は仕事に戻れば済むんだけどよ。
と、ヒューズが頷く。
さり気なく付け加えられた台詞に、ハボックは低く唸って彼を見上げた。
「薄情な事言わないで手伝って下さいよ…」
「…だってよ。下手に探して見つからねぇと俺までとばっちりを食うんだぞ?」

ロイがいなくなれば、周りに居た者にもそれなりに被害がある。
ロイの補佐であるリザの放つ、ブリザードを思わす空気に晒されるのは必至で。
更に、時には逃亡幇助の疑いをかけられる時もあるのだ。
ヒューズもハボックもそれだけは絶対に避けたかった。

「俺だってそうなんですけど…」
「お前さんはロイの飼い犬だろうが」
連帯責任ってやつだ。
そんな何の解決にもならない事を言い合っていた時。
「…お二人とも、どうしたんですか?そんな所で」
そう、少し離れたい位置から声をかけられ。
二人の動きは完全に停止した。
「…………」
「…………」
不自然な沈黙に何か察したのだろう。
声をかけた当人――リザは無表情のまま、近づいて来た。
そして、開け放たれたままの扉から中を覗き、目を細めた。
「………」
怒りを湛えるその瞳に、二人は”今すぐ逃げ出したい”と思ったが。
逃げれば彼女の追求は免れないと悟って何とか逃亡は押し止まる。
「あの、既にお察しとは思いますが…中佐が行方不明っス…」
「そう…」
「…少尉?」
その反応の薄さに首を傾げるハボックの頭を優しく撫で。
リザはヒューズに視線を向けた。
「少佐、手が開いているのでしたら、彼が中佐を探すのを手伝ってやって下さいませんか?」
口調は丁寧だし向けているのは笑顔だが。
明らかに目が笑っていない。
これは誰がどう見ても、お願いではなく強制だ。
さすがのヒューズもこれには得意の逃げ足を披露することさえ出来ず頷くしかなかった。
「…お、おう…」
「お願いしますね」
それから。
と、今度はハボックの方に視線を移して。
リザはまたにっこりと笑ってみせる。
その瞬間。
何故かハボックは銃を頭に突き付けられた気がして引き攣った。
怖い。
正直、今まで生きてきた中で一番怖いかもしれない…。
そう考えて冷汗をかくハボックに彼女は。
「中佐を見つけ次第確保。その為なら多少の犠牲は構わないわ」
と、言い渡した。
その徹底した(主に多少の犠牲云々の辺りの)姿勢に、ハボックは本気で恐怖し。
「り…了解っス…」
こくこくと何度も首を振ってしまったのだった。

今まで怖いものなどおよそ存在しないハボックだったが。
この時から彼は、彼女にだけは逆らうまいと心に決めたのだった。



これ以降のわんこの中での優先順位→リザ>ロイ=ヒューズ>その他






「…………」
「何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうかね?」
非常に機嫌悪くそう言うロイに。
彼の向かいに座った大型犬――ハボックは困ったように視線を泳がせた。
彼らの目の前にはきれいに盛り付けられた何品かの料理がある。
そう。
見た目も匂いも悪くないのだ。
なのに…

――なんでこんなすっげぇ微妙な味なんだ…

ハボックはげんなりと視線を落とす。

何が切っ掛けだったのかはよく覚えていないが――でも、毎日外食では…云々と言った事辺りだろうとは思う。
とにかく。急に「なら作れば良いんだろう」と言い出してロイはキッチンへ行ってしまって…。
何やら(どう考えても調理とかいう種類のものではない)奇妙な音をさせるのに不安を覚えたが、出されたのは一見まともな料理で。
それだけに。
その見た目とのギャップにハボックは言うべき言葉が見つからなかった。
世の中理解できない事ってあるもんだよなぁ…。
正直、そう思ってしまう程の衝撃だったのだ。

「…不味いなら不味いと言えばいい…」
自覚がないわけではないらしく、明らかに傷ついたのを無理やり隠した顔でそう言われて。
ハボックは内心激しく動揺する。
いや…アンタ…その顔は反則だと思うんだけど…。
犬の味覚で考えても、正直言ってこの料理の味は微妙すぎる。
美味くもないが不味くもない。
こんな食べ物に今まで遭遇したことはないだけに。
ハボックはどう答えていいのか分からないのだ。
「…………」
見詰めてくる悲しげな眼差しに、どうすればいいんだと困り果てて。
そこで、ふと気付く。
この人は自分の作る料理の味が微妙だと知っていて、だから今までずっと三食買って来てくれたのだと。
そして同時に。
部屋の片付けさえろくにしないこの人が、自分の為にこの料理を作ってくれたのだと言う事にも気付き。
(例え味は微妙でも)その、気付いた事実が嬉しくもある自分に、ハボックは酷く戸惑った。
ロイが悪い人間でないことは分かっている。
少し自分に構い過ぎな観はあるが、嫌いになれないタイプだと、そう思う。
いつの間にここまで絆されてしまったのか。
そう考え、ハボックは小さく息をついた。
そして。悲しげな視線から逃れるようにもう一口だけ料理を口にしてみて。

自分の味覚が狂ったのではないかと、本気でそう思った。

相変わらず味は微妙だ。
なのに、何故か美味しく感じる気がする。
考え方が少し変わっただけだと言うのに…。
そこまで考えてから、ハボックは現金すぎる自分に少し悲しくなった。
「正直微妙なんだけど…ええと…」
「不味いんだろう」
どうせ。
「いや、何て言うか…ああ…もう……困ったな」
どう言えば良いのだろうか。
微妙なのに美味い、じゃあ…さすがに問題があるか?
そんな事を考えているうちに痺れを切らしたらしいロイが、ハボックを睨み付けて先を促した。
「良いんだ。正直に言え」
その少し開き直り気味の態度に頷き。
ハボックは正直に口にする事にする。
「…じゃあ、言うけど………美味い気がします」
「何…?」
お前味覚音痴か?
途端、大変失礼な言葉を返してくるロイに。
ハボックはそんな訳があるかと低く唸った。
「そうじゃなくて…くそっ……つまりアンタが俺の為に作ったって事実が嬉しいって言うか……」
「ハボ?」
言われた言葉の意味を上手く理解できなかったのか、不思議そうに見詰めてくる黒い瞳に。
ハボックは唸り声を上げて気恥ずかしそうに視線を逸らした。



わんこ大混乱中。出会い編終了後一週間より少し前頃の話。この段階で既にけっこう絆されかけている。






「ハボック、お前邪魔だぞ」
ブレダにそう言われて、大型犬――ハボックはうっすらと目を開いた。
少しの間、声をかけた相手を見詰めて、また目を閉じる。
退こうという気はないらしい。
「おい…」
通路の真ん中に寝てるんじゃねぇよ。と耳を引っ張るブレダに、なおも無視を決め込んでいる。
「…そう言えば、ブレダ少尉って犬嫌いですよね」
「私もそのように記憶していますが…」
フュリーとファルマンの視線を受けて、リザは頷いた。
「確かに犬嫌いのはずだけど、彼に関しては平気なようだから問題ないわ」
彼と示された件の大型犬は、欠伸をして起き上がったところだった。
ブレダに頭を撫でられて不服そうに移動していく。
その会話はといえば。
「大体、仕事終わったのかよお前」
サボってんじゃねぇよ。
「ちゃんと終わってる。どっかの誰かさんじゃあるまいし、サボって昼寝なんてしねぇっての」
というもので。
背中をつつかれて振り返ったハボックが低く唸るが、ブレダは気にした様子もなく頭を撫でてやっている。
極度の犬嫌いのはずだが、本当にハボックであれば平気らしい。
「なら大佐の所で寝てこいよ。そうすりゃあの人もサボんねぇだろ」
「…嫌だ…あの人は絶対逆にサボる…」
大体、お前だって男に枕になんかされたくねぇだろ。
心底嫌そうに首を振るハボックに、ブレダは暫く考えてから頷いた。
「……あー…確かにそうかもな」



「不思議ですよね。なんで平気なんでしょうか?」
「やはりハボック少尉だからでは?」
フュリーとファルマンのその会話に。
そうでもないわとリザは首を振った。
「ああなるまでにいろいろあったのよ」
決して昔というほどでもない過去の騒動を思い出して。
彼女は小さく溜息をついた。



ブレダとわんこの初対面のひと騒動は書く気はない不親切設計。






「子供ができた!」
ロイの出勤直後の第一声に。
その場に居た者は皆、動きを止めた。
「「「「…………」」」」
僅かな間、沈黙が生じる。
真っ先に復活したのはやはりリザで、
「それはおめでとうございます」
でも30分遅刻ですよ。
と言って、うっと詰まったロイに書類の束を手渡した。
一方、リザのその行動に他の面々も頭が動き出したらしく。
「…どういうことでしょうっ?」
「って言うか…どっちも男だろうがっ」
「でも少尉はキメラですし」
という会話の後、
「ってことは産むのはハボックかよ…」
などという、本人が聞いたら思い切り憤慨しそうな結論を導き出す。
更に。彼らは知らなかった事だが、小声で話していても狭い室内では筒抜けだった為、背後で上司が発火布を装着していたのだが。
運が良いのか悪いのか。
「俺がどうしたんだ?」
と、噂の張本人――ハボック(本日は通常勤務につき人型)が現れたおかげで丸焼きは免れた
尤もそれでも充分驚いた面々は、
「うおっ」
「しょ、少尉っ」
「いやっ、我々は決してっ」
という具合に混乱し叫んではいたが。
(それでも丸焼きよりは遥かにましだっただろうから、まあ、運が良いのかもしれない。)
「?」
彼らの反応に首を傾げるハボックに、フュリーが恐る恐るといった体で話しかける。
「あの…大丈夫なんですか?」
「??」
意味が分からず益々首を傾げるハボックだったが。
「ハボック!祝いの品は何が良いと思う?」
そうロイに問われて、意識をそちらに向けて「俺に聞かれてもなぁ」と小さくぼやいた。
「まあ…たぶん…ベビー服とか…おもちゃとか…?」
「大佐。浮かれるのは構いませんがお祝いの品を買いに行かれるのはこちらの書類が終わってからにして下さい」
「む…」
「「「???」」」
ロイの問いとハボックの答えとリザの注意に。
ブレダ以下2名は自分たちの考えた事との食い違いに首を傾げた。





『わはははっ…じゃあ何か?お前がわんこを孕ましたと思われたわけかっ』
「笑い事じゃないぞ…ヒューズ」
盛大に笑う電話越しの相手に、苛々とそう答えるロイに。
『そりゃありえねぇもんなぁ!いまだに全っ然進展してねぇってのになっ』
と、ヒューズは返した。
確かに、ヒューズの言うことは事実なので反論は出来ないが。
ロイは非常に不愉快そうに顔を歪めて、それから低く唸る。
「…ヒューズ…」
今すぐお前を焼いてやりたいよ。
『落ち着けよ。まあ、いくらわんこでもそれは無理だろうしな』
「当たり前だ」
いくらハボックでも(たぶん)子供は産めないぞ。
まったくあいつらは何を考えているんだ、とロイは溜息をついた。
くすりと笑って、それから受話器を持ち直し。
ロイは――まるで自分のことかのように――とても幸福そうな微笑みを浮かべて。
「おめでとう、ヒューズ」
良かったなと、そう口にした。



東部にて。深夜に電話を貰ってから中尉に報告したくてうずうずしていた飼い主。






「…重い」
「大佐に比べれば軽いと思うけど?」
溜息とともに吐き出した言葉にあっさりとそう返されて。
金色の大型犬――ハボックは更に深い溜息をついた。
床に寝そべる彼に寄り掛かるようにして。
答えを返した当人――エドワード・エルリックは、分厚い錬金術書を読んでいる。
その様子に、少なくとも退こうとする気配はなかった。
「そりゃまあ…」
確かに、ロイに比べれば軽いのは事実だ。
ロイより小さいのだから当然だ、と思ったのとほぼ同時に。
エドがハボックの耳を引っ張って。
「何?」
と訊いてきた。
ハボックの顔を覗き込む目はすっかり据わってしまっている。
「いや、何でもない…」
ふるふると首を振って誤魔化そうとするハボックに。
エドが何か言おうと口を開いた、その時。
「鋼の…今すぐハボックから離れろ」
低く、不機嫌さを隠さない声が背後からした。
更に声とほぼ同時に、火花が散る。
「「うわっ」」
気配を察して間一髪のところで避けた二人(一人と一匹が正解)が振り返ると。
そこには仁王立ち――勿論発火布装備。いつでも攻撃可能な態勢だ――で睨むロイの姿があって。
ああ、どっかで見た光景だな、とハボックはそう思った。
ただ、その光景と違うのは、言葉と同時に火花が散った事で。
どうやらロイはこの幼い錬金術師の少年に対して手加減する気がないらしいと理解した。
「いきなり何すんだよ!」
「俺に当たったらどうする気ですか」
エドの当然の抗議は完全に無視するつもりらしいロイに。
ハボックも一応注意する。
が。
「お前がそんなヘマをするか」
きっぱりとそう言い切られてしまった。
そういう問題じゃないんだけどな…。
そう思うが、言ったところで無視されるのは分かっていたので、ハボックは何も言わずにただ項垂れた。
そのすぐ側ではロイとエドが何やら言い争っているが、もう口を出す気にもなれない。
「大体だな、鋼の。ハボックは私の飼い犬で」
「少尉が誰と付き合ったってただの飼い主には関係ないだろ」
「…少なくとも君のような豆粒と付き合う事はありえないな」
「「………」」
無言で睨み合う二人から視線を逸らし。
ハボックは窓から覗く青空をぼんやりと見詰めた。

――できれば俺の事は放っておいて欲しいなぁ…

ハボックのそんなささやかな願いは。
基本的に自己中心的な錬金術師二人に届くはずなどなかった。



友人サイト間借り御礼。






ぎゅっと抱きしめられて、ハボックは目を開いた。
どれくらい経っただろうか。
時計がないのではっきりとは分からないが、そろそろ起きた方がいいだろう。
そう考え、まだ眠ったままの飼い主を見遣る。
自分にぴったりとくっ付いて眠っている姿はひどく幸せそうで。
起こすには忍びないが、ハボックはそうも言っていられないと首を振った。
昼過ぎには起こして連れて来るようにと、リザに厳命されているのだ。
そっと自分を抱きしめている手を退かそうとして。
その手が冷えてしまっている事に気付いて少し躊躇ったが、結局退かすと。
途端、熟睡していたわけではないらしく、ロイは退かされた手をもぞもぞと元の場所に戻そうとする。
その様子にハボックは声を掛けてみた。
「だいぶ寒くなってきましたね」
「ん…だな」
返事が帰るのならだいぶ目は覚めてきているはずで。
「起きてくださいよ。中尉と約束したでしょ」
と更に声を掛ける。
「あと、五分」
「ダメです」
「むー…」
不満そうな声を上げて毛並みに顔を埋めるロイに、ハボックは溜息をついた。
「…寝ないで下さい」
「嫌だ」
ロイは小さく首を振って、それから「暖かい」と呟いた。
「………」
どうしたものか。
そう言われてしまうと何となく起こし難く、ハボックは低く唸る。
すっかり寝直す気らしいロイの、その幸せそうな表情に。
ハボックは無表情で銃の手入れをしているリザの姿を想像し、どう言い訳するかと深く悩んだが。
結局、悩んでも無駄だと飼い主共々怒られる覚悟をして、自身も目を閉じた。












※この後射撃訓練の的確定。


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