わんこと錬金術師 小話










「…でだな」
「わかったわかった」
「それがもうかわいいのなんのって」
「だからわかったと言って…」
「ん、どうした?」
執務室の扉を開けた途端、急に黙り込んだロイにヒューズは首を傾げ、自分も覗き込む。
そして。
そういう事かと納得した。
彼らの目の前にはロイの飼い犬と副官の姿があって。
ハボックは、副官――リザにブラッシングをして貰っているところだった。
とても気持ちよさそうに目を閉じている彼の姿は普通の犬にしか見えない。
「そうしてるとやっぱお前って犬なんだな」
そう変な所に感心するヒューズに、ハボックはちらりと視線だけ向けてお愛想程度に尻尾を振る。
返事をする気はないらしい。
リザはハボックから視線を上げて、ロイに声をかける。
「中佐、そんな所にいつまでも立っていないでお仕事をなさって下さい」
「………」
「中佐?」
「ロイ?」
黙ったままリザの手元、と言うかハボックを見ているロイに、彼の飼い犬は先手を打った。
「嫌ですよ。アンタ乱暴なんスから」
「…まだ何も言ってない」
「言わなくても分かりますよ。なんで自分の時は嫌だと言うのに少尉にはブラッシングさせるのか、でしょ?」
そのハボックの言葉に、リザもヒューズも納得する。
つまり、ロイはブラッシングをしたいのだ。
彼は飼い犬とのスキンシップを常に図りたがっているのだが、どうやらその辺の折り合いは宜しくないらしい。
「少しくらい」
「やです」
「何故っ」
「だから、アンタ乱暴なんですよ!毛が引っ張られて痛いって言ってんのにやめないしっ」
「なら今度からはっ」
「絶対嫌です。大体アンタ錬金術以外じゃ不器用だし無能だし」
「む…無能だとっ」
「違うとは言わせませんよ」
「う…」
心当たりがあるらしく、詰まってしまったロイにリザとヒューズは少し同情する。
飼い犬にここまで言われる飼い主もそういないだろう。(それ以前に犬は喋らないとかいう問題は無視したとしてだが。)
「とにかく嫌なもんは嫌ですから」
「…ハボック…」

――あ、いじけた。

「…ハボック、お前もう少し言い方ってもんがあるだろうがよ」
さすがに可哀想に思い、そう言ったヒューズにハボックは冷たい視線を送って。
「じゃあアンタは、あの、自分の世話さえろくに出来ない不器用な人間に世話して欲しいですか?」
「…………」
悪ぃ、ロイ。フォロー出来そうにねぇよ。
そう思ってしまい結局沈黙するヒューズから、ロイに視線をずらし。
ハボックは素っ気ない声で、
「とりあえずさっさと仕事しちゃってくださいね」
散歩くらいは付き合いますから。
とだけ言って目を閉じた。


何があったのかは知らないが。
今日はやけに辛辣なわんこだった。









「何処まで行くんですか?」
「着けば分かる」
「そりゃそうでしょうけど…」
目の前に続く長い道に、ハボックは首を傾げる。
ロイの(下手ではないが時々心配な部分もある)運転で連れて行かれる先に何があるのか。
先程から乾いた砂の匂いを感じ、ハボックは遠い地平線を見詰めた。

見覚えのある光景だった。
あの頃は、この辺にはまだ小さな町があって、ハボックはそれをよく覚えていた。

二人とも黙ったまましばらく行くと、ずっと続くかと思われた道は突然途切れ。
そこから先は砂礫に埋もれた大地だけが広がっていた。
なおも進もうとアクセルを踏み込むロイに。
ハボックは袖の端を引っ張ることで静止を促した。
「ロイ、もう…ここら辺にしましょう。ここまで来たら…後は何処まで行っても砂漠しかないっスよ」
「…そう…だな」
真っ直ぐに彼方を見詰めるその視線に、ハボックは哀しげに目を細めた。

ここは、この人の罪が眠っている場所だ。

ハボックはあの戦いには参戦していなかったけれど。
彼がこの先にあった街を焼いた、その瞬間を見たことがあった。
赤く、圧倒的な強さを持つ焔のはずなのに。
ハボックにはそれが悲しみの声に思えたのだ。

「私は…今でも夢に見るよ」
あの、惨劇の夢を。
全てを焼いた、あの日の夢を。
苦しげに眉を寄せるロイに、ハボックはどうすればいいのか分からなかった。

所詮、どこまでいっても自分は犬で。
人間のような、殺すことに対する罪悪感は覚えない。
生きる為に殺すのは当たり前のことで。
そうしなければ自分が殺される状況に、幾度となく追い込まれた事もある。
でも、それが人間なのだと。
ハボックはそうも思うのだ。
関係ないはずの他者の死に心を痛めることが出来る生き物。
それは、生きるには辛い事かもしれないけれど。
できればその心は失わないで欲しいと、そう思う。

「ロイ。それでも俺は、アンタがあの戦場から生きて帰ってきてくれた事の方が大切です」
もしあそこでアンタが死んでいたら。
「俺はアンタに会うことさえ出来なかったんだから」
自分勝手な気持ちなんですけどね。
そう言って空に視線を移す飼い犬の、その訴えに。
ロイは哀しげに笑う。
「…そうだな…あそこで死んでいたら、お前に会えなかった」

だからと言って、この罪が許されるわけではないけれど。
だからと言って、この人の哀しみが癒せるわけではないけれど。

どうか。今を生きる理由くらいにはなるように…







…確かにそうかもしれない。
とヒューズは考えていた。
何がそうかもしれないかと言うと。
それは、今、彼の目の前で眠る大型犬の、その毛皮の事だった。
親友のロイが主張する通り。

――こう、何て言うか…枕にしたくなるんだよな。

見た目よりもはるかに手触りの良い毛並み。
サイズも(ロイにとっては)抱き枕にちょうどいい大きさだと言える。
だが。何よりもロイやヒューズのそういう気持ちを呼び起こすのは、その毛の色合いなのだ。
触れれば暖かいだろうと思わせる少しくすんだ蜂蜜色が、光を浴びて金色に輝いていて。
「………」
ぽふっと。
殆ど無意識のうちに手を出していた。
「…何するんスか…」
気に入らなそうに目を開けて、ヒューズを見上げるハボックに。
ヒューズは困って苦笑した。
親友並に不可解な自分の行動に、どう処理すればいいのか迷う。
「…ほっておいたらずっと見てるし…何かあったんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどな…こう」
「こう?」
首を傾げるハボックの頭を撫でて。
「こう、触り心地がいいだろうとか考えてたら無意識にだな…」
「…何どっかの誰かさんみたいな事言ってんですか」
呆れた視線を送られて、ヒューズも頷く。
「俺もそう思う」
よりによって、副官に対するロイの言い訳と同じ文句しか出てこないなんて。
そう、ヒューズが溜息をついた時。

「ヒューズ…今すぐハボックから離れろ」

低く、平坦な声がそう宣告する。
ハボックとヒューズが振り向くと、そこには(言うまでもないが)ロイがいて。
不機嫌を通り越した恐ろしい形相でヒューズを睨み付けていた。
「おいおい、俺はわんこの頭を撫でてただけ…」
「今すぐ離れろと言っている」
「…分かったっ、分かったから発火布はやめろっ」
慌てて離れるヒューズ。
それを確認し、ロイはハボックに歩み寄る。
床に膝をつき、ハボックに手を伸ばし。
「っ」
飼い犬が悲鳴を上げるのにも構わず、ぎゅうっと抱きしめた。
「これは私のだから、たとえお前にであっても譲る気はないぞ」
そう言って、思いっ切り睨んでくる親友に。
ヒューズは分かったからと必死に首を振る。

――って言うか、別に欲しいなんて思わねぇよっ。

そう言いたかったが言わないでおいたのは。
それはそれで飼い主バカな親友が怒るだろうと、朧げながら察したからだった。



わんこの毛はつい触りたくなる位ふわふわでまくらに丁度良いという話。






「久々に来てみると…やはりすごいな」
「そうっスね」
壁や床、果ては天井までに描かれる未完成の錬成陣に。
ロイは感嘆の溜息をついた。
「俺としては掃除が大変だからいい迷惑だったんですけどね…。放っておくとこれが幾つも重なって書かれちゃうんで消えなくなるんですよ」
そのうちうっかり発動させちゃったりしたらどうするんだかって感じでしたよ。
そう言って、ロイとは違う種類の溜息をついて。
俺は足の踏み場がないほど床一面を占領して生える――そう表現したくなる量の――本の山を除けた。
少し見ない間にそこら中埃を被って煤けている。
「どこら辺にありましたっけ…」
「あっちの方ではなかったか?」
「う〜ん…」
とりあえず、ロイが示す方向に足を進めてみる。
進めてみるが…どこまで行っても本の山が辺り一面に広がっていて。
目的の本がどこにあるのか探すだけで大変そうだった。
「…魔境だな」
「ですね」
でも、アンタの家も俺が住むまで似たようなもんだったじゃないですか。
そう思ったが言わないでおいたのは、こんな所で言い争って余計な労力を使いたくないからだ。
俺の知っている錬金術師は皆こんな感じで、何処か日常生活を送るのに不自由な連中ばかりだった。
だから、ロイがそうでも別段驚くことではなかったし。
俺が片付ければ済むか、くらいで大した問題はなかったのだ。
でも。
さすがに、ここ数年本を取りに来るぐらいしか出入りのなかった俺の元の主人の家はすっかり荒れ果てていて。
家に入る前にチラッと見た庭も、まるでジャングルか何かのようだった。
「あの人も家事は苦手でしたからね…」
絶対自分では片付けようとしなかったし。
そう思い返してまた溜息が出る。
読んだ本を返す棚が分からなくなって積み重ねるだけ積み重ねてみて、結果崩れた本の山に埋もれてみたり。
自分が作ると言い張って勢い勇んで台所に立ち、数時間後には二度と立ち入れない空間にしてくれたり。(これは後で錬金術で直していたけど。)
考えてみるととんでもない人だった。
そんな事を俺が考えている間に、ロイはすっかり目的の物を探す事を放棄して、壁の落書に目を凝らしていた。
ミミズがのたくったより更に悪い、達筆というよりは明らかに悪筆な字に。
ロイは首を傾げる。
何が書いてあるのかとかそういう次元でなく、文字かどうかすら怪しいそれは。
暗号にするまでもなく、だれにも解読できそうにない。
「…読めんな」
「読めたら奇跡ですよ。俺ですら半分も理解できないんスから」
「そう…なのか?」
「ええ。提出する文書の作成はいつも一苦労でしたよ」
「………そうか…」
ロイや、一部の錬金術師の間では偉大な人物と語られようが。
俺から見ればあの人はただの変人なのだ。
そりゃ、まともな所もあったし実際はいい人だったんだけど。
それで補っても有り余るほどにどうしようもない人であったのは事実だ。
「って言うか…ロイ、アンタちゃんと本探してます?」
「…いや……」
「とっとと必要そうな本探してください」
誰の為にこんな所に来てると思ってんですか。
俺のその言葉に、ロイはこくこくと素直に頷いて探し物を再開した。

――まったく、錬金術師ってやつは手のかかる人種だ。

彼が奥の部屋へ入って行くのを確認して、小さく溜息をつく。

正直な話。
ここに来ることに抵抗がないと言えば嘘になる。
ここはあの人と過ごした時間の記憶が余りにも残りすぎていて。
思い出したくない事まで思い出すのだ。



『ジャン…約束を、覚えて…いるね?』

『悲しまないでくれ…私は、もういいんだよ…』

『私は長く生き過ぎた…世界が、死を私に赦すというなら、私はもう眠りたい…彼女の、シアのいない生は…唯の人の身には重すぎたよ…』

『ジャン…お前は、…お前も、見つけなさい。お前だけの…たった一人を。一人で生きる、には…私たちの時間は長過ぎるから…永遠に、一人でいられるほど私たちは強くはないのだから』

『愛してるよ、ジャン…』



そう言って、笑って。
あの人は二度と目を開けることはなかった。

あの人といた時間は決して幸福なだけではなかったけれど。
俺はあの人がとても好きだった。
痛みも悲しみも、喜びも。全てひっくるめてあの人の事が大切だった。

あの人は強くて優しくて我侭で気分屋で。
そして、とても哀しい想いを抱えた人だった。
大切な人を守れなくて、その人に生きていて欲しくて、でも、その為の方法を実行しなかった人。
それを弱さと呼ぶか強さと呼ぶかは、人によって違うだろうけど。
俺は、あの人の決断は正しいと思う。
大切な人の存在を歪めてまでそれを成そうとはしなかった事。
その結果、苦しむだけの長い時間を得る事になっても。
己の命が尽きる時まで、あの人は自身の罪を背負って生きていた。

だからあの日。
あの人は漸く、長く苦しい贖罪の旅を終えたのだと。
今はそう思える。

元々俺はあの人の願いを叶える為の存在で。
いつかその日が来る事を知っていたのだ。
俺はあの人の一番大切な存在じゃなくて。
…あの人も俺の一番大切な存在ではなかったのだと、あの人が死んだ後に知った。
だから。
思い出すのはあの人の残した言葉と、今も痛みを伴う哀しみだけだ。


「ハボック、これも持って行っていいのか?」
そう訊かれて、振り返る。
そこにはいつ戻ってきたのか、俺が俺の意思で選んだたった一人の主人がいて。
埃を被った古い錬金術書を片手に俺を見詰めていた。
「どれですか?」
「これだ」
持った本を差し出して見せてくれる。
古い装丁のそれは、確か二百年位前のものだったと思う。
「いいですよ。どうせ使わないものだし」
「勿体無いな…中央の図書館よりよっぽどいい本が揃っているのに…」
溜息をついて更に別の本に手を伸ばす。
「これも欲しいが…あまり持ち帰れないしな…」
むうと唸って選別する姿が、昔見た光景と重なる。

それでも俺があの人とこの目の前の人を混同しないのは。
多分、この人が俺の生涯唯一人の主人だからだろう。
あの人は、少なくとも俺が選んで得た主人ではなく、そして何処かで同じ運命を歩む共同体のように感じていたから。
薄情かもしれないけれど、俺はこの人だけが俺の主人なのだと思う。

「ハボック、お前も持て」
用意していた鞄に本を詰め込みながら言うロイに。
「はいはい」
そう答えて、作業を手伝って。


俺は思い出の残るこの家を後にした。






「………」
理不尽だ。
そう明らかに顔に書いている親友に。
ヒューズは小さく苦笑を漏らした。
彼らの目の前には気持ち良さそうに眠る大型犬と少女の姿がある。
少女――ヒューズの愛娘エリシア嬢は、犬の腹に頬をつけて、小さな身体で犬を抱きしめるように眠っている。
犬の方も少女を守るかのように僅かに身体を丸め、抱き込むようにして眠っていた。
「………」
誰の目にも(犬嫌い・子供嫌いでさえなければ)微笑ましいと思えるその光景に。
さすがのロイも引き剥がすような真似は出来なかったらしい。
非常に複雑な表情で眉間に皺を寄せている。
「ろーい…幾らなんでも心が狭すぎるぞ、お前」
「うるさい。わかってる」
呆れた視線を送るヒューズに。
相手がエリシアでなければ叩き起こしてでも引き離した自信のあるロイは苛々した声音でそう答えただけだった。
その視線はあくまでハボックに向いている。
内心では何で子供や女性は良くて自分はダメなんだとか、そんな事を考えているのだろう。
嫉妬深い、などという言葉では言い表せない程の心の狭さだ。
「…とりあえずグレイシアが呼んでたから行こうぜ」
お茶の時間だ。
そう言うと、渋々という様子で視線を上げ。
「…分かった」
憮然とした表情のまま歩き出す。
その親友を追うべく踵を返したヒューズは、振り返らぬままに一言。
「お前さんも大変だよな」
そう言うと。
「ええ、まったく」
小さな溜息まじりの返答が帰って来た。



面倒は御免だと寝た振りを決め込むわんこ。






ロイはぼんやりと部屋の片隅に寝そべる大型犬を見詰めていた。
数日前に起きた小さな出来事をきっかけに、彼は漸くロイを信用できる人間だと認めるようになったばかりで。
まだ、その関係は安定に欠く。
だがその態度は出会った当初よりも遥かに柔らかくなっていた。
「ハボック」
「何スか?」
呼べば律儀に答えを返す。
それに暫く答えないでいると、小さく溜息をついた。
「…用がないなら呼ばんで下さいよ」
文句を言いつつもその視線はロイに向けられたまま。
続きの言葉を待っているのだと分かってロイは何とはなしに嬉しくなった。
しかも向けられる言葉は崩れているとはいえ敬語だ。
その事に何か偉業を成し遂げたような気分になりながら、ロイは小さく咳払いして用件を口にする。
「一緒に寝ないか?」

…………。

見事なまでに半眼になって沈黙するハボック。
その反応にむっとしたロイが。
「嫌なのか?」
と聞けば。
あからさまに嫌そうな顔をしてハボックは低く唸った。
「……嫌って言うか、アンタは嫌じゃないんですか…それ」
「何故?」
「だって俺、犬ですけどオスですよ。一応」
不思議そうなロイに、ハボックは溜息をつきつつそう答える。
普通男と一緒にベッドに入りたいとは思わないだろう。
彼はそう思ったのだが、ロイには通じなかったらしい。
「?」
首を傾げるロイに、更に深い溜息をついて。
ハボックはどう言えば理解するだろうかと思案する。

確かに自分は犬なのでロイにしてみれば問題はないのかもしれない。
だが、ハボックからすれば男と同衾など絶対に御免なのだ。

低く唸りつつ、ハボックがいい説明はないかと考えているうちに。
ロイは一つの結論に達したらしい。
一度は除けた掛け布団に手を伸ばし顔にかかる位置まで引き上げて、表情が見えないようにしてから。
「…嫌ならいい。すまなかった…」
酷く傷付いた声でそう謝罪した。
それを聞いた瞬間。
ハボックはほとんど反射的に立ち上がっていた。
「…あー…ええと…」
自分でもその反応に戸惑い、困ったように唸って。
それから、ハボックはのろのろとロイのベッドに近付く。
前足を縁にかけ、隙間から覗き込んで見ると。
ロイはぎゅっと目を瞑り眉を寄せ、必死に眠った振りをしていた。

――…困ったなぁ…

ハボックは本気でそう思ってしまった。
ロイは寝相はいいが枕を抱き込むように眠る癖がある。
ハボックは枕代わりにされるのが――例え相手が女性であっても――酷く嫌いなのだ。
だが。
もし隣で眠れば、間違いなく枕代わりに抱きしめられる破目になるだろう。
更に言えば、ロイは男。嫌などと言う可愛いレベルではすまされない。
それが分かっているから絶対に御免だと思うのに。
この顔を見ていると、そんな事はどうでも良いじゃないかと思えてしまい。
ハボックはそんな自分の感情に酷く戸惑った。
今はもういない飼い主にだって昼寝以外では許さなかったというのに。
どうしてかロイ相手だと無視して寝てしまおうと考えられない。
ハボックは盛大に溜息をついて、布団から僅かに覗く、力の篭ったままのロイの指に鼻を押し当てる。
小さく反応を示すその指をぺろりと舐めて。
「ロイ、布団捲ってくれないと入れないんですけど」
そう言ってやる。
途端にロイは目を開いて。
僅かに戸惑いの混じる瞳でハボックを見詰めた。
「……いいのか?」
酷く遠慮がちな問いに苦笑して。
ハボックは鼻先で布団を僅かに持ち上げてみせる。
その仕草にロイは小さく頷き、それでもまだ躊躇いがちに身体をずらしてから布団を持ち上げた。
その自分の為に作られたスペースに潜り込み。
ハボックはロイの頬を一舐めしてから目を閉じる。
「おやすみなさい、ロイ」
「………ああ、おやすみ」
小さな応えとそっと回される腕を感じて、ロイの方に目をやって。
ハボックはもう一度、困ったなぁと心の中で呟いてしまった。
その視界には幸せそうな微笑みを浮かべて目を閉じた姿があって。
何故かそれだけでもう、今日くらい枕代わりでもいいじゃないかと思えてきてしまう。
どうにも自分はこの人間に甘い。
そう自覚して。
ハボックは小さく苦笑した。












※この後わんこは散々後悔することに。犬と一緒に寝てはいけません。


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