わんこと錬金術師 番外










「………」

例えば…例えばだ。
人間が犬相手に嫉妬するなんて、やはり問題だろうか。

そんな事を考えている時点で充分問題なのだと言うことに、ロイは気付いていなかった。
目の前には自分の飼い犬と、その飼い犬ほどは大きくないが美しい毛並みの雌犬がいて。
彼らが鼻をつき合わす光景に。
ロイは自分でも予想しなかった程、嫌な気分を味わっていた。

ハボックの散歩の途中で、同じように散歩をしていた知り合いの女性とその飼い犬に会って。
笑顔で挨拶を交わして少し話をしている間に。
ハボックと女性の飼い犬は今のような状況になっていたのだ。

非常に不愉快だ。
ロイのそんな内心は、一緒にハボックの散歩について来ていたヒューズには容易に知れた。
表情こそ普段の対女性用のそれと変わらないが、長い付き合いだけにすぐに分かる。
これは爆発一歩手前位だな。
そう判じて、親友の心の狭さに呆れる。
ハボックの方はそんな飼い主の様子に気付くことなく、匂いを嗅ぐ相手の犬に気を取られていた。

――まあ、ハボックも犬だし。人間より綺麗な雌犬のがいいに決まってるだろうが。

ヒューズにとってそれは充分納得できる事なのだが。
問題は彼の飼い主だ。
ハボックが自分以外の人間に懐くのでさえ気に入らないロイが、この状況にいつまでも我慢できるとは思えない。
そっと盗み見た親友の表情はいかにも不機嫌ですという感じで。
先程までの愛想の良さはどこへやらでハボックと雌犬を見詰めるロイに。
ヒューズは嫌な予感を覚えた。
なんだかよくは分からないが早く引き離した方がいいと思う。
「おい、そろそろ行こうぜ。すみません。早くしないとこれから用事があるもんで」
前半はロイに、後半は相手の女性に向けたものだ。
「う、うむ」
ヒューズの言葉にロイは頷くが、ハボック達から視線が外せないらしい。
ハボックに至っては、嬉しそうに尻尾を振る相手の犬に戸惑って佇んでいるだけだ。
しかし。
「あら、メリーったら」
彼女の飼い犬がハボックに顔を寄せて。
ぺろぺろと舐め始めた途端。
がばっと、素晴らしいほどの勢いでロイはハボックとその犬を引き放した。
「おいおい…」
これが嫌な予感の正体かよ。
ヒューズが呆れた声を上げるが、キッと相手の犬を睨み付けるロイはそれどころではないらしい。
親友の独占欲の強さは知っていたし。
彼が自分の飼い犬に多大な好意――と、言葉を濁したくなる種類の感情だ――を寄せていることも知っていた。
「すいませんね。こいつ、最近犬を飼い始めたばかりで犬の扱いに慣れてなくて…」
と一応フォローはしておくが、相手の女性が額面どおりに受け取ったかどうかは怪しいものだ。
じゃ、そろそろ。
と告げて、いまだハボックを離さない親友を引き摺るように歩き出す。
周囲の視線が痛いが、そんな事に構っていられる状況ではなかった。



「お前な、ロイ。いっくらなんでもアレは拙いぞ」
「…だがっ」
「分かってるからそれ以上言うなよ。…大体、相手は犬だぞ」
「でもハボックも犬だ」
「………」
キッパリそう言われて。 ヒューズは首を傾げて自分たちの会話を聞いているハボックに目をやる。
まるっきり分かっていない顔だな。これは。
溜息が出そうになるのを堪える。
ハボックは悪意や敵意には敏感だが、自分に寄せられる好意には疎い。
少なくとも、ロイが自分を飼い犬以上に思っているなど想像もしていないだろう。
「俺…何かしました…?」
遠慮がちな大型犬の問いに、ロイもヒューズも大きく首を横に振る。
「何でもないから気にするな」
「そうそう。こっちの問題だからな」
「…ふうん」
なら何で自分の名前が出てきたのだろうと思ったが。
ハボックはそれ以上追求せずにぺたりと床に寝そべった。

――やっぱ散歩って疲れるよなぁ…

飼い主とその親友の葛藤に気付くことさえなく。
ハボックはのんびりとそんな事を考えて目を閉じた。
















※わんこにめろめろ(笑)な飼い主。


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