わんこと錬金術師 番外

※わんこと錬金術師。お試しわんこ×ご主人編。あり得るかもしれない未来の一つの形。









金色の大型犬は前足で器用に寝室の戸を開け中に入る。
いつもの如く、彼の主人――ロイはいまだ夢の中の住人で。
彼はそれを起こしに来たわけだ。
ちょいと前足をベッドの縁に掛け、ロイの寝顔を覗き込む。
勿論、それぐらいでは目を覚ますはずもないので鼻先でつついてみる。
唸って身動ぎするので起きるかと思えば、そのまままた寝てしまった。
「ろーい、起きてください」
遅刻しちゃいますよ。
さすがに悠長にロイの寝顔を眺めているわけにもいかず、ハボックは声をかける。
だが、起きる気配はない。
「んー…」
と、僅かに唸るだけだ。
その様子に困ったなぁと思った時。
「うわっ」
急に伸びてきた腕に引き寄せられて、ハボックはロイの方に倒れ込んだ。
ロイは飼い犬の重みを気にした様子もなく、その毛並みに顔を埋める。
「ロイっ、寝ぼけてないで起きてくださいっ」
もがくが意外なほどの強さで抱きしめてくる相手に、ハボックはなかなか逃れる事ができなかった。
暫く逃げようと抵抗を続けていたが。
「…キス」
そう、呟くように言われて動きが止まる。
「は?」
何を言ったのかとっさに理解できず、僅かに首を傾げる。

……………。

しばしの沈黙の後。
やっとその意味を理解して。
…きす?魚の?
と、分かっていても惚けたくなってしまったが。
「しないと起きない」
そう言われれば、さすがにそう言うわけにもいかず、ハボックは盛大に溜息を吐き出した。
「…朝っぱらから何訳の分からない我侭言ってんですか…」
笑ってそう言ってやると、ロイは少しだけ腕の力を緩めてハボックを見た。
寝起きのせいかとろんとした眼差しは、それでも冗談の色を感じさせない。
「ハボ」
甘えるような声で請われて、ハボックは脱力した。

――…本気だったんですか…。

「俺、今犬なんですけど」
一応そう申告してみるが。
「知ってる」
返答はその一言で、ロイはそれがどうしたと言わんばかりの態度だ。
「アンタ犬とキスする趣味があるんですか?」
「お前限定だ」
問えば、寝起き故の素直さで柔らかく微笑まれて。
ハボックは内心かなり動揺したがそれは無理やり押し隠す。
「せめて人型の時だけでお願いします…」
こう、倫理的観念って言うか何て言うか…。
「犬の癖に変な事に拘るな」
「拘りますっ」
拘らせて下さいっ。
訴える飼い犬にロイは「どうでも良い事だろうが」と思ったが。
彼がこの件に関してはなかなか譲らない事を知っているので頷いておく。
「分かった…さっさと人型になれ」
早くしろと急かす飼い主に、ハボックは困ったような視線を向けた。

いまだに。
ハボックにとってロイとこういう関係にある事はかなり抵抗がある事なのだ。
ただの犬と人間なら抱き合ってキスするような関係になどならない。
いくら自分がキメラで、人型をとる能力を持っていたとしても、それがロイを汚しているようで。
ハボックはどうしてもなかなかその一歩を踏み出す事が出来ないでいた。

「どうあってもする気ですか…」
「当たり前だ」
でなければ起きないぞ。
「………」
本気で困った、情けない表情をする大型犬に。
ロイはその頭を撫で、濡れた鼻先にキスする。
自分を好きなくせにいつまでも迷っているハボックに苛立ちを感じないわけではないけれど。
いつかハボックの方から自分を欲するように。
ロイは根気よく自分が許しているのだからいいのだと教え続けてきた。
「ハボ」
名を呼んで促して、ちゅっともう一度鼻先にキスをする。
それに耐え切れなくなったのか目を眇めて、ハボックは小さな溜息をついた。
降参を意味するそれに、ロイは小さく笑って頭を撫でてやる。
練成の光に反射的に目を瞑り、再び開いた時には人型のハボックがいて。
ロイは満足げに頷いた。
「ハボック」
「…はいはい、分かりましたよ。ご主人様」
啄ばむような小さなキスが何度か場所を変えて落とされて。
それから、唇にハボックのそれが重なる。
それは優しく触れるだけのものだったが、ロイはその感触を追って目を閉じた。

二人きりの時間は滅多に人型をとらないハボックのせいで、普段はこんな接触でさえままならないのだ。
犬の姿も好きだがこの姿も気に入っているというのに、仕事中以外でじっくり見た事など数えるほどしかない。
こんなに好きなのに。
触れた事さえ決して多いとは言えないのだ。

「…ん」
どこか名残惜しげに離される唇を残念だと思いながら、ロイは目を開く。
その視界には優しく微笑むハボックがいて。
「満足、しました?」
と聞きながら、頬にもう一度だけキスをくれた。
「…一応な」
「一応って」
何故か顔を歪めてぎゅっと抱きしめてくる飼い主を。
いまだ人型のままのハボックは不思議そうに見詰める。
「ロイ?」
「好きだぞ、ハボック」
強い思いを込めて囁くロイに。
「?俺もですよ?」
ハボックは首を傾げたままそう答えた。
まったく理解していないようなそんな表情に、ロイは眉根を寄せ低く唸る。
「心が篭ってない」
「……訳の分かんない事言ってないで下さい…」
「…もういい」
すねた口調でそういい、ベッドから降りようとしたロイに。
ハボックは小さく苦笑を漏らした。
「ロイ。言っときますけど」
確かに触れる事を恐れているのは事実だけれど。
それでも。
「俺、あんたの事大好きですよ」





「今日の大佐やけに機嫌が良いよな」
「ええ。仕事もいつもの倍以上の速度で片付けてますよね」
「何か良い事があったんでしょうか?」
ブレダとファルマンの言葉を継いでそう言って、首を傾げるフュリーに。
その場に居た同僚は皆、

――ハボック絡みの事に決まってるな。

と思ったとか。
















※基本わんこ←ご主人。


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