不機嫌の理由










――ああ、くそ。

心の中で品が良いとは言えない言葉を吐いて。
私は酷く悪い気分のまま、目の前に座り込む男――ハボックを睨みつけた。
勿論、何で睨まれているのかまるで分からないだろうハボックは困ったような顔で様子を伺ってくるだけだったが。
それがまた私の気分を降下させる。
苛々は募る一方で、手にした錬金術書など読む気も起きなかった。
大体、気づかない奴が悪い。
高すぎると自分でも自覚しているプライドが邪魔して私からは言い出せないのだから、気づいて欲しいのに。
「…あの…………大佐?」
「………」
「俺、何かしました?」
「………」
おずおずと切り出して来るハボックを眉根を寄せて睨み付けてやる。
犬なら主人の考えている事ぐらい察してみせろ、とそう思った。
例え誰かに無茶な事を言うなと言われても、答えない私にますます困り果ててるハボックは本当に犬のように思えてしまう。
しゅんと垂れる耳と尻尾が見えるようだ。
「大佐…?」
私の不機嫌の理由を自分が何かしたせいだとこいつは思っているようだが、そうじゃない。
むしろ、しないのが問題なのだというのに。
何故その事が分からない。

――くそっ。

ハボックにではなく、素直になれない自分に悪態をつく。
たった一言言えば、ハボックは間違いなくその望みを叶えてくれるはずなのに。
言い出せない自分に腹が立つ。

――いや、気づかないこいつが悪い。

そう責任転嫁して無理やり納得しようとするが、上手くいくはずもなく。
本気で苛々してしまう。
「大佐」
そっと、躊躇いがちに手を差し出してくるハボックの表情は酷く情けない。
振り払われたらどうしようと恐れているのにそれでも差し出す手が、少し震えたまま私のそれに触れた。
温かくて大きな手のひらが私の手をそっと包む。
その、温もりを与える指に自分のそれを絡めれば。
ハボックはほっとしたらしく小さく息を吐く。
そしてそのまま、触れるだけのキスが落とされた。
…鈍感なくせに。
私の欲しているものをハボックはいつも(たとえそれが無意識のうちにであっても)与えてくれる。
自分に向けられる好意には恐ろしく鈍感な男だというのに。
繰り返される優しいキスを素直に受け入れる。
これが欲しかったのだとそう言えば、こいつはすごく喜ぶのだろうけど。
そんなことはキスして欲しいということさえ言い出せない私には、絶対口にできない言葉だ。
ぎゅっとハボックに抱きつくと、今度は額にキスされる。
それにくすくす笑う私に、ハボックは首を傾げる。
こいつには、何故私が唐突に機嫌を直したのかなど分かるはずもないだろう。

――それでいい。こいつが思う以上に私がこいつを好きな事など、私だけが知っていればいいのだ。

そう思う自分はとても自分勝手で自己中心的な人間だと、キスの合間に頭の片隅で思った。
















※元web拍手用SSS。


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