NoTitle

※過去捏造。オリジナル色強し。









それは二人きりの深夜の執務室での事。
「お前は誰に銃を教わったんだ?」
いつも突拍子もない事をしでかす上司の、やはり唐突なその言葉に。
俺は自分でも間抜けに思えるだろう表情のまま、書類から顔を上げた。
「…何でですか?」
「お前の銃器の扱いは…いや、銃だけじゃないが、軍隊式じゃないだろう」
混ざってはいるが。
そう答える大佐に俺は、ああ、と納得して頷く。
「よく見てますね」
「部下の事だからな」
当たり前だと言いたげな態度の上司に少し笑って。
それから俺は机に置かれた古い銀色のライターを懐かしげに撫でた。
龍に花の意匠の、俺には似合わない小ぶりなライター。
普段は使わず、お守りとして持っているそれは、俺が師に贈られたただ唯一のものだった。
「…そうっスね。俺の師は養父なんですよ」
呟くような声で言い、手に取ったそれを大佐に向かって軽く放る。
空中で彼の指がそれを捕らえて目の前に持っていくのを眺め、それの元の持ち主に思いを馳せる。
「だがお前の養父は」
「そうです。ごく普通の、雑貨店の店主ですよ」
「………」
なら、と目で問う大佐に困ったような複雑な笑みを見せ。
「俺の師というのはその前の…捨てられていた俺を拾った人ですよ」
言った言葉は内容と裏腹にあっさりとしていた。
途端、大佐の表情が曇る。
明らかに聞いてはいけない事を聞いてしまった、という表情だ。
「…すまない」
「気にしないで下さい。まだ自分じゃ何一つ出来なかったガキの頃の事です」
捨てられたのは言葉通り俺自身にはどうにも出来ない頃の事だった。
生みの親の顔なんて知らない。
別に興味もなかった。
拾ってくれた彼は変わり者で厳しく一般的な親とは言えなかっただろうが俺にとっては良い親だった。
それに、彼に拾われた事は自分にとって救いであったと思えるのだ。
彼に拾われて育てられ置いていかれなければ、目の前にいる人間と出会う事はなかった。
それは確かな事だ。
「変わった人でしたよ。色々な事を知っているのに常識は皆無でしたし。一緒に暮らしたのはほんの6年か7年だったんですが、俺は生きるために必要な事は全てあの人に学びました」
不思議な人だったと思う。
若く見える外見と相反する老成した眼差しの、戦闘のスペシャリスト。
「俺はおもちゃの代わりに銃を与えられ、絵本の代わりに戦術教本を読んで育ったんです。もちろんそれ以外の学問も教えてもらいましたよ」
「錬金術は、学ばなかったのか?」
「いえ、一応はやりましたけどね…。お前にはそっちの才能はないんだからある程度理解できればいいって言われました」
一ヶ月で理解しろなどと無茶を言われた記憶がある。
必死になってやったけど、確かに錬金術を実践する才能がない事だけは自分でもわかった。
「それで対応が早いのか」
「まあ、書いてる途中でも内容から推測できますしね」
「それでも、才能がないのか」
大佐の言葉は、まったく正反対なのに何故か彼の言葉を思い出させる。

―――――お前には錬金術の才はないな。…いや、お前や俺のような者には、そんなものはない方がいいのだろう。

「ないですよ。俺は馬鹿だから、そんなものより銃やナイフのがわかり易い。特にナイフは命を奪った実感がありますしね」
それは、命を奪う者のせめてもの贖罪の形なのだろうか。
「己の罪を自覚し、己の業を負え。それがあの人の教えです」
あの頃理解できなかった言葉の意味は、それからすぐ知る事になった。
あの戦場で。
砂と硝煙と焔の中で。
「お前は強いな」
今、そう言ってどこか悲しげに笑うこの人と出会えた事が、多分人生最高の僥倖なのだ。
「生への執着が強いだけっスよ」
彼と出会った事で何もなかった人生に目的が出来た。
この人の側で生きていたいと願うようになった。
気付けば、大佐は手の中のライターを見詰めている。
そこにはナイフか何かで削り取ったような文字が書かれているはずだ。
「君の師は今は」
「風が呼んでるなんて言い出して忽然と姿を消して、ずっと会っていません。どこへ行ったのか生きているのかさえ誰も知らないでしょう」
「…会いたいと思うか?」
「別に。多分、あの人は俺に教えられる事は全て教えてくれました。自分はもう要らないと判断したから行ってしまったんだと思います」
「…そうか」
椅子を引く音。
大佐が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
ことりと。
銀色のライターが目の前に置かれた。
「すまなかった。お前の過去を訊くつもりではなかったんだがな」
最初は、単純な好奇心だったんだ。
本当にすまなそうにそう言うものだから、こちらは苦笑するしかない。
元々訊かれて困るものでもないのだ。
「構わないっスよ。嫌な思い出でもありませんから」
過去は過去です。
そこは、決して戻れない懐かしい世界。
鈍く輝くライターの表面に記されるのは決意の言葉。

”決して諦めることなかれ”

その言葉に込められた意味が何なのか。
今となっては知る術はないのだ。
















※オリジ連動企画か何かの名残と思われるブツ。


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