追憶

※過去捏造。









「…ん」
ころんと寝返りを打ってそのまま抱きついてくるロイに。
――さすがに最近朝晩は寒いしな…
と、そんな事を考えながら、ハボックは毛布をかけてやった。
「…ハボ…」
名を呼ばれる。
彼の夢の中にさえ自分がいて、呼んでもらえる幸福を噛み締めて。
「ここにいますよ」
答えが聞こえたのかどうかは知らないが、服の裾を握る手に力が篭った。
それに微笑んで、ハボックは彼の髪を軽く梳く。
それから、片手に持ったままの本に目を戻す。
分厚い装丁のそれは、師と仰ぐ人物から借りたままになっている古い錬金術書で。
ハボックは時折それに目を通す習慣がついていた。
所々に落書きのように記される注釈やメモ。
中にはその日の夕食の買出し内容など、本当にただのメモとしかいえないものもある。
思えば、ハボックにとってはあれが一番穏やかな時を過ごした時代だったのだろう。
平和な子供時代とは言えなかったかもしれないが、幸せだった事は確かだった。
「………」
穏やかな夜というのは感傷的になっていけない。
過去にするには鮮やかな記憶が蘇って、今をより鮮明に見せてしまう。
「…貴方なら、感傷に浸る暇などないと言うんでしょうね」
辿り着いた最後のページには、決してきれいとは言えない字でメッセージが残されていた。
他のメモよりも大きなそれを指でなぞる。

”たとえ、どんな事があったとしても。お前はお前の信じる道を進みなさい”

ハボックが彼から教わったのは戦い方だけではない。
おそらく、自分が彼から受け継いだもっとも大きなものは、彼の姿勢――生き方なのだろうと。
ハボックはそう考えている。
そうやって、自分の信じるとおりに生きてきたからこそ、ハボックはロイに出会ったのだ。
――ま、ひょっとしたらあの人はこうなる事も予測してたのかもしれないけどな…
戦場で、錬金術師であるロイと出会う事を。
予測していたからこそ、彼はハボックに錬金術の基本を学ばせたのかもしれない。
出来なくても、知る事に意味があるのだと―――。
傍らに眠る恋人に視線を向ければ、安らかな寝息をたてて眠る穏やかな表情が伺えた。
あの頃とは違う、でも穏やかで優しい時間を与えてくれる彼を、ハボックは心底愛しいと思う。

ぱたり、と本を閉じる。
閉じたそれをサイドボードに置いて、明かりを落とし。
ハボックは幸せそうに眠るロイの頬に口付けを落とした。

「おやすみなさい」
どうか良い夢を。



夜はまだ長い。
















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