落とし穴










何でこんなどこかぬけた人物に忠誠なんぞ誓ってしまったのだろうか、と。
時々、本当に時々だがハボックは思う。

「大佐、生きてます?」
「…お前後で燃やす」
「やつ当たりは勘弁してくださいよ」
覗き込んだ視線の先には間抜けな格好で半ば土に埋もれている大佐の姿。
結構本格的に埋もれているらしく、自力で這い出すのは無理なようだ。
「落とし穴なんて古典的っスよね」
誰の作品なんでしょうね。
中々深く掘られているそれは大人がすっぽり収まってしまうサイズだ。
どこの暇人が、誰を引っ掛けるために掘ったのか。
それ以前にどうやって誰にも見つからず司令部の中庭にこれだけの穴を掘ったのか。
どうでもいい事をつらつらと――半分以上現実逃避だろうが――考えてしまうハボックだったが。
「…お前助ける気はあるのか?」
と、剣呑な声が下から響いてきて。
「いや、いい天気だなー」
思わず空を見上げて本格的に逃避しようと試みてしまった。
「ハボック…」
恨みがましい声。
ちらっと横目で見れば声とは裏腹に思いの外情けない顔がハボックを見上げていた。
―――捨てられた子犬でもあるまいし…
溜息が漏れる。
「冗談ですよ。冗談」
「お前のは冗談に聞こえん」
文句を言う上司の腕を掴み、ロイが自分の腕を同じように握ったのを確認して引き上げる。
「よっと」
土まみれだが救出は成功。
序にぱたぱたと土を払ってやって、ハボックは嘆息した。
「しかし…普通はまりますか?こんなあからさまなもんに」
「…………」
沈黙するロイの表情が僅かに変わる。
眉を寄せお前のせいだと言わんばかりに睨みつけた上司の姿は、幸いかどうかは知らないがしゃがんで穴を覗き込んだハボックには見えなかった。
「ま、いいっスけどね。とりあえずこいつを埋めるの手伝って下さいよ」
「やっておけ。一人で」
ふいっと顔を逸らし、踵を返すロイ。
え?とハボックが顔を上げた時には既に距離は遠く。
「………マジですか」
ハボックの呟きを聞くものは草木以外に存在しなかった。


同じ頃。

―――歩いてくるお前に気をとられて気付かなかったなどと言えるかっ

耳まで紅潮しているだろう自分の顔を見られぬように。
ロイは必死で足を動かしながら心の中でそう喚いていた。


それは、木の葉が色づき始めた晴れた昼下がりの午後の事。
他の誰にも気付かれぬまま終わってしまうような、小さな小さな出来事だった。
















※ドジっこ。


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