ハボック少尉の受難

※かなりロイハボ寄りなハボロイ。









「うわぁっ」
何とも情けない悲鳴を上げて執務室を飛び出してきたハボックに。
ヒューズは足を止めた。
ぶつかる寸前で持ち前の運動神経でそれを回避したハボックの目にはうっすら涙が浮いている。
「…少尉」
「な、なんスかっ?」
体裁を繕う余裕はないらしく、上擦ったままの声で聞き返すその姿は、大きな図体に似合わずかなり情けない。
「お前さん…小さい頃いじめられっこだったろ」
「なっ何で知ってんですかっ?!」
「いや…まあ…見たまんまって言うか何て言うか」
ああ、こりゃあロイに苛められる訳だわとヒューズは苦笑する。
このまだ若い尉官からは、苛めたくなるようなオーラが滲み出しているのだ。
それは、まだ生まれて間もない、漸く親から離れて遊ぶようになったばかりの子犬のようで。

――ロイ好みだよな、絶対。

親友と違ってそういう趣味はないヒューズでさえからかいたくなるのだ。
あの性悪のロイが手を出さないわけがない。
まあ、頑張れ若者。
そう心の中だけで呟いて、ヒューズはロイの執務室の扉をノックする。
途端、脱兎の如く走り去るハボックに。
ヒューズは少しだけ同情しないでもなかった。



分かりやすく言えばハボックはセクハラにあっていた。
しかも直属の上司で、男からだ。
「どうしよう…」
誰かに相談できるような事じゃない。
そう思って、ハボックは大きく溜息をついた。
「うう…」
思い出すだけで頭痛がしてくる。
最初は小さな接触に過ぎなかったそれは、いつの間にか明らかに性的な意図でのそれに変わり。
なし崩し的にキスまでされたのはつい先程の事だった。
自分でも情けないと思うほどの声を上げて執務室を飛び出してしまった事に酷く落ち込む。
勘弁してくれ、とか。
何で俺なんだよ、とか。
そんな言葉が頭の中でぐるぐるしていて、ハボックは机に突っ伏した。
ぐったりとして背中を丸めたその姿は情けないことこの上ない。
「ぜってーやばいって」
小さな呟きは絶望感に満ちていた。

『今夜は残業だろう。中尉が帰ったら執務室に顔を出せ』

いまだ耳に木霊する声にどうしようと頭を抱える。
上官命令は絶対だ。
もしこれからも軍人でいる気なら逃げるわけにはいかないだろう。
ああ、もう嫌だ。こんな職場。
そう思うのに。それなのに。
ハボックは本気でロイを嫌いになる事が出来ないでいる。
それが益々ハボックの絶望感を煽っていた。
「…マジでやばい…」
あんな人なのに、好きか嫌いかと問われれば好きなのだ。
でも、いくら自分が田舎者で今迄のんびり過ごしてきたとはいえ、今の状況が正常じゃない事くらいちゃんと分かっている。
それなのに。
最後の最後で拒めないだろう自分を充分過ぎる程予想できて。
ハボックはどん底にはまったところにさらに泥を被せられるような、そんなどうしようもない気分を味わっていた。



「よく来たな」
満面の笑みで出迎えられて、ハボックは恐怖のあまり踵を返そうとする。
「こら、何処へ行く気だ」
腕を掴まれ引き摺り込まれ、更に後ろ手に鍵を掛ける上官に。
ハボックは慌てて逃げ道を探す。
往生際が悪い事は分かっているが、覚悟が決まったわけではない。
正直、ハボックにとってこれは出来る事なら避けて通りたい道なのだ。
「大佐…俺はっ」
「ハボック」
「っ」
怖い。
恐ろしく強い意思の力を孕んだ瞳がハボックを見据えている。
睨み付けているかのように鋭いのに、悪足掻きする彼を楽しむようなそんな色合いが見て取れるそれに。
ハボックは蛇に睨まれた蛙の如く動く事さえ出来ず、固唾を飲む。
「そこに座れ」
「え…」
「座れ」
「…はい」
指で床を示されて戸惑うが、迫力に押されて座り込み。
その数秒後。
結局言われるまま座ってしまった自分をハボックは思い切り後悔した。
「大佐っ」
「何だ?」
「いや、だからっ」
「こら、あまり動くな」
命令口調で言われれば半ば条件反射で動きが止まってしまい逃げる事も出来ず。
ロイに膝の上に乗られた状況でハボックにできる事と言えば、せいぜい言葉で抵抗する事くらいだった。
だと言うのに、混乱する彼の頭はろくな言葉を紡げないでいるのだ。
情けない。情けなさ過ぎる!
ハボックは心の中で自分に向かってそう叫ぶが、それでどうこうなるわけでもない。
そんな彼の心の葛藤を読み取って、ロイは楽しげに笑う。
「無駄な抵抗だな」
触れてやる度にビクリと大袈裟なほどの反応を返すのが面白い。
堪えるように寄せられる眉。
小さく力ない抵抗を試みる腕。
もっと苛めてみたら。あるいは何処まで苛めたら。
この男は本気で抗うのだろうか。
そんな好奇心が沸いてくる。
「あ、あのっ」
すでに涙の溜まった目許は潤んでいて。
ロイの嗜虐心に火をつけるには充分だった。
「おとなしくしていろ」
「で、でもっ」
「ハボック、うるさい」
「…だ、だって…」
わざと緩やかに背筋を撫で上げて、上着ごとシャツをたくし上げる。
それにすら怯えて竦むハボックに、ロイは次の反応を想像して一人楽しげだ。
鼻歌でも歌いそうなほどに上機嫌でハボックの身体を撫でまわす。
「大佐っ、止めてくださいっ」
「おとなしくしていろと言っているだろう」
そう言いながら悟られぬように片手を移動させ。
軍服の布越しにあらぬところを触れられてビクリと強張るハボックに。
ロイは楽しげに目を細めた。
「可愛いぞ、ハボック」
「アンタ…俺の事からかって、そんなに楽しいんですか…」
涙目のまま恨めしげに問うハボックにロイはそれはそれは楽しそうに微笑み。
「ああ、この上なく楽しいとも」
きっぱりと言い切った。
そして、そのままハボックの目許の涙を舐め取ってみせる。
「ぎゃっ」
「…色気がないぞ、ハボック」
可愛げも何もない悲鳴に不満気に更に顔を寄せるロイに、ハボックは怯えたのかまた涙を浮かべる。
「…そんな事、言われても…」
小さな声でのささやか過ぎる抵抗に、ロイは薄く笑った。
己の言動の全てにおろおろしっぱなしのハボックに大変満足したらしく。
ちゅっとハボックの唇を吸って、囁く。
「少尉、逃げなかったご褒美にいいものをやろう」
「いっ、いいですっ!遠慮しますっ」
「残念だが、それは却下だ」
「お、俺の意思はっ?!」
「ハボック」
「ひっ」
怒りを抑えるかのような低い声にハボックは小さな悲鳴を上げて竦む。
「往生際が悪いぞ」
容赦なく軍服の前を寛げられて動く事すら出来ないハボックの頬を撫で。
「このまま私が抱いてもいいんだが」
「っ!」
「まあ、今日のところは勘弁してやろう」
おいで、ハボック。
くすりと笑って、自分もシャツの前を寛げて誘うロイの姿に、ハボックはいまだ動けずにいた。
どうしようどうしようどうしよう。
混乱した頭にはそれしか浮かばない。
煽られた身体はすでに火がついた状態で。
今、ハボックの中で理性と本能が激しく火花を散らしていた。
「しょうがない奴だな。お前がしないなら」
私がするぞ?
楽しそうに耳元で囁く声にハボックの身体が大きく揺れる。

――それだけは勘弁してくださいっ。

悲鳴じみた心の叫びと衝動のまま、ハボックはロイの身体を押し倒す。
そんな行動はお見通しだったのだろう。
誘うように口づけられてハボックが怯み僅かに身を引くと、首に腕を回してぐいっと引き戻して。
ロイはクスクス笑ってもう一度口づける。
「おいで、ハボック」
囁く声に背筋が粟立つ。
こんな事は絶対しちゃいけないと必死で押し止めようとする理性を、ロイは容赦なく剥ぎ取ろうとする。
「ハボック」
その、甘やかな声と微笑みとキスに。

――ああ、もう。

勝てるわけがない。
煽られて目を覚ました本能に負けて。
ハボックはとうとう観念してロイの首筋に顔を埋めた。

かくして、まだまだ子犬な少尉は上司においしく頂かれてしまったのだった。
















※2004夏企画の名残。へたれ攻めと誘い受け。


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