睡眠










――眠い。
今のロイの心境はその一言だけで語ることができた。
つまり。
それ程、今の彼の頭にはそれしか無かったのだ。


「お疲れ様です」
「うむ」
すれ違う下士官達の言葉に辛うじて――無意識に近く――返答してはいたが、今のロイの頭には『仮眠室、ベッド、眠い』以外の単語は存在しなかった。
壁伝いにようやく目的の場所に辿りついた頃には、まぶたを開けているのがやっとと言った状態で。
だから。
「…………」
開けた扉の向こう側、いつもなら空いているはずのベッドが今日に限って満員状態なのを見た時には。
もうすでに誰かを叩き起こしてベッドを空けさせる気力は残っていなかった。

――どうしたものか。

そう考えながら、それでもロイは視線をゆっくり廻らせる。
『この場所で眠らない』という選択肢はすでに限界に来ている頭には存在しない。
寝不足の頭はいつもの切れを見せず、ただ本能が欲するまま眠る場所の確保にのみ動いていた。

そうして、しばらくの間ぼんやりと眺めていたロイは、眠っている下士官達の中に見なれた金色を見つけた。

――そう言えば、今日はどこも満室だと言っていたか。

ヘビースモーカーの金髪の部下が昼間ぼやいていた言葉を思い出して。
ロイは迷うことなく金髪の部下――ハボックの眠るベッドへと足を運ぶ。
疲れているのか珍しく熟睡しているらしいその横顔を眺めながら、上着を脱いでしまう。
さらに横に置いてある椅子にそれを放り投げて。
毛布を少し捲って緩慢な動きで彼の眠るベッドに潜り込む。
落ち着く場所を捜してもぞもぞと動くその振動に。
さすがにハボックも目を開いた。
ぼんやりとすぐ間近にある顔を見つめて、大きくあくびをひとつして。
「…どうしたんですか?」
覚醒に到っていないが故の、普段より低い吐息のような声で。
そう訊ねるハボックに、ロイは眠さで不機嫌になった表情を隠さぬまま一言だけ告げる。
「ハボ、腕」
「…はいはい」
仰せのままに。
尊大な態度なのにやけに子供っぽいその言葉に、ハボックは内心呆れつつ小さく溜息をつく。
でも。
断らないと思っているからこそのその言葉が、ロイの無自覚の甘えだと知っているから。
ハボックは溜息はついても文句は言わないのだ。
そうして差し出される腕にロイは当たり前のように頭を乗せて。
そのまま僅かずつ頭を移動させて位置を調整する。
それを、あんまり動かれると痛いんだけどなぁと思いながらもハボックは放っておく。
彼が自分の寝心地の良い位置を見つけるまで寝付かない事は良く知っていたし。
目を瞑ってしまえば疲れの溜まった身体はハボックを容赦無く眠りの縁へ落とそうとしていたし。

意識が途切れる寸前。
自分に寄り添うように眠りに落ちたロイの、その寝息を確認して。
ハボックは小さく微笑んだ。


余談だが。
この時すでに目を覚ましていた者もそれなりにいて。
彼らは一様に心の中でこう呟いていた。
『…起きるに起きれん…』


まあ、夢の国に旅立ってしまった二人には、そんなことはどうでもいい事だっただろう。
















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