いぬしっぽ

※『ねこみみ』追記。






side:J



「マジっすか…」
俺はこれでもかというほど脱力した声でそう言った。

目の前の鏡には適当に見慣れた自分の姿があって…。
そこまでは普通なのだ。なんて事ない。
だが。

自分の頭にある金色の毛が生えた物体。
困ったように先だけ揺れる、腰の少し下辺りから生える同じく金色の物体。
…いや。別に最初からこうなると知っていてルイス少佐の試薬を飲んだのだから問題はないんだが。

「…犬っスか」
よりによって。

「面白いな。やはり人によって効果が違うのか」
後ろで至極真面目な顔でルイス少佐――大柄な身体に似合う大味な性格の女性士官、ついでに錬金術師だ――が首を傾げている。
「いや、あの…少佐。これ、猫耳が生える薬じゃなかったんですか?」
「別に限定したつもりはないんだが…自分で試した時は虎になったな」
「…んで、大佐が猫」
「そしてハボック少尉は犬。…何が原因で変化があるのか調べてみる必要があるな」
「いや…俺的にはどうでも良いんですけど」
実に楽しそうに俺を観察する少佐に、俺は少し引く。

あれだ。何なのか思い出せないがよく知っているあれだ。
大佐を見てて時々思うあれ。
…何て言ったか…。

そんな事を考えていると、少佐は酷く心外そうに溜息をつく。
「失礼な奴だな。これはもともと、人間に一時的に動物の身体能力を取り入れられないかと考えて作った薬なんだ。まあ、言ってしまえば簡易キメラなわけだが」
ご丁寧に薬を作り始めたきっかけまで教えてくれる。
簡易キメラって…これ、本気で身体に変な影響無いんだろうか。
(もちろん耳と尻尾が出てるだけで充分影響がある、という事は考えない事にしたとしてだ)
「一時的って…大佐の時は一週間元に戻らなかったんですよ」
「今回のは三日くらいのはずだ。最終的には1、2時間程度の効き目で耳や尻尾が出ないようにしたいのだが、なかなか上手くいかないんだよ」
「はぁ…」
思い出した。あれだ。あれ。

”なんとかと天才は紙一重”。

大佐を含め、錬金術師の思考は俺みたいな一般人には理解不能だ。
だから、とりあえず。
今、俺が彼女に言える事は一つだった。
「どーでもいいっスけど、尻尾触んないでくれます」
セクハラっスよ。



「ふわふわだな」
「そりゃ良かった」
嬉しそうな大佐の声に俺は投げやりに答える。
「アンタがこの格好させたんですから、なくなるまで責任とって面倒見てくださいね」
この姿じゃおちおち外も歩けやしない。
大佐の命令じゃなきゃこんな姿、絶対に御免だ。
だと言うのに。
「うむ」
本気で嬉しそうなので嫌味を言う気力もなくなる。
執務室のソファーに二人で座って、俺が報告書を書いている間、大佐はずっとこの調子で俺の尻尾を弄っている。
尻尾の何がそんなに良いんだか。
俺には分からない。
「大佐、仕事はいいんですか?」
「もう少しだけだ」
「そっスか」
「うむ」
「…大佐、くすぐったいんですけど」
「うむ」
「…大佐?」
「ん」
「………聞いてないんスね」
「ん」
何が楽しいのか分からないがやけに熱中している。
尻尾の毛を弄られている俺はくすぐったくていい迷惑なんだが、どうやら全然聞いていないらしい。
さすがに見兼ねたのか、書類の整理をしていた中尉が声をかけてくれる。
「大佐、そろそろお仕事なさって下さい。少尉も困っています」
「………」
「大佐」
かちりと撃鉄を起こす音がする。
「…分かった」
その音に漸く大佐は俺の尻尾を離して、渋々立ち上がりデスクに戻る。


しばらくの間、カリカリと書類にサインをする音と紙を捲る音だけが響く。


…後はサインして。
「よし、完成」
漸く終わった報告書をもう一度確認する。
…記入漏れなし。
その報告書を大佐の机に置く。
「大佐、サインよろしくっス」
「うむ」
「ご苦労様、少尉」
「いえ。んじゃ、俺は他の連中のとこに戻りますね」
そう言って軽く挨拶して出ていこうとした時。
「そうだ、ハボック」
大佐に声をかけられた。
やけに真剣な声に首を傾げ振り返り。
「なんスか?」
そう問えば。
「後で耳も触らせろ」
声同様に真剣な眼差しでそう言われた。

…………。

「……アイ、サー…」

よく分からないが、何か色々覚悟した方が良さそうな気がした。


で。


「ハボック、お前さんやっぱりわんこなのか」
「ちょっ、中佐。撫でまわさんで下さいっ…って言うか何でここにいるんですかっ」
「お似合いですよ、少尉」
「…フュリー…それ、誉められてる気しねぇから」
「大佐の時も不思議に思いましたが、ちゃんと感覚があるんですか?」
「うわっ、ファルマン!耳引っ張るなよ痛いっ」
「すみませんっ。そんなに強くしたつもりはなかったのですが」
「いや、悪気がないのは分かってるからいいけどよ…ってブレダ…おまえな…」
「寄るなっ」
「いや、あのな、ブレダ」
「分かってるんだっ。だけどなっ」
「…いや、俺が悪かった。だから涙目になって寄ってこようとすんな。怖いから」
「ハボックっ…お前人の努力を何だと」

「………」

背後から妙な気配がして俺(達)は振り返った。
「……大佐、すっげー怖い顔してますよ。アンタ」
余りの迫力にフュリーなんか今にも泣き出しそうだ。
他の連中も引いてしまって…って中佐、いつの間にか離れたところに退避してるし。
大佐は俺の周りにいる連中をそれはそれは恐ろしい形相で睨みつけ。
「お前ら全員ハボックから離れろっ」
そう一言言い放った。
それだけで全員一斉に自分のデスクに戻っちまうんだから、薄情以外の何ものでもない。
「…さて、ハボック少尉」
「なんでしょう、マスタング大佐」
「どういう事なのか説明してもらおうか?」
私以外に触らせるなんて。
低く、なのにやけにはっきりそう言われて。
俺は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

いや、俺が悪いんじゃなくてこの耳と尻尾が悪いって言うか。
って言うか、これアンタがさせたんでしょうが、この場合悪いのは俺じゃなくて

勿論、そんな言い訳を聞いてもらえるはずもなく。
俺はこの後、大佐の気が済むまでやつあたりに耐え続ける破目になった。
















※イロモノ万歳2。


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