ねこみみ







side:R



「触ってみてもいいっスか?」
触り心地よさそうだし。
のんびりとそんなことを述べた部下の足を容赦無く蹴りつける。
イテテとうめく姿に少し溜飲が下がったが、それで事態がどうなるわけでもない。
わかっている。これは所詮、現実逃避だ。
「…まあ、いくらルイス少佐の出してくれた薬だからって疑いもせずに飲んじゃったのが悪いんですし」
これで少しは懲りたでしょ。
再びのんきな感想と共に、呆れたようにそれを指差され。
さすがに返す言葉もなかった。
ただ、小さく揺れる尻尾だけが己の不愉快さを示してはいたが。
「…ただの栄養剤だと思ったんだ」
このところあまりの仕事の多さに疲れていたのは事実。
倒れて運ばれた先の医務室で出された薬を飲んでしまうのはうかつとは言えないだろう。
「でも結果はこれですから」
いつの間に入ってきたのか、中尉がそう指摘する。
これ、と指されたものは困ったように伏せられる。
「もう少し注意なさってください。まあ、少佐は冗談半分で害のない薬を試しただけのようですが」
「実験台っスね」
「似合いそうだったので、とのことでした」
「はあ、まあ成人男子でここまで似合う奴を捜すのは難しいっスよねぇ」
「…それは認めますが…」
そこで二人は言葉を切る。
視線は私の頭付近に固定されたまま。
「「猫耳はないでしょう(だろ)」」
みごとに揃って嘆息した。
「尻尾も生えているぞ」
ほらほらとわざとらしく振ってやる。
これのせいで軍服に穴を開ける羽目になったのだ。

そう。今の私には猫耳、猫尻尾が付いた状態なのだ。
どういう原理なのかは専門でない為知らないが、研究中――勿論錬金術のだ――の試薬を栄養剤だと騙されて飲まされた結果である。

「やけくそで威張らんで下さい」
呆れた表情でハボックが嘆息する。
上司が困っていると言うのにけしからん奴だ。
「…まあいいわ。過ぎた事を言っても仕方がないですし。大佐には今後もっと気をつけてもらうと言うことで…少尉、これを将軍のところへ持っていってくれるかしら」
と、言って、こちらも小さく溜息をつきながら中尉がハボックに手に持っていたものを差し出した。
それは数枚の書類で。
本来なら私が持っていくはずのものなのだが…。
「俺っスか?」
ハボックが戸惑いを顔に浮かべつつ、それでも素直にそれを受け取る。
中尉はハボックの言葉に肯いて。
「ええ、今のいかにも癒し系の大佐では無駄に指令部内の士気を下げてしまうでしょう?」
歩き回って欲しくないのよ。とまた溜息をついた。
「…癒し系…」
……いや。
「ああ、そうっスね。こんな面白おかしいことになってたらちょっとあれっスね」
…ちょっと待て。
「まったくだわ」
…中尉、同意しないでくれ。
「ま、大佐。何はともあれ、そう言う訳ですので」
おとなしくお仕事してくださいね。
「………」
何でここまで言われなければならないんだ。
たかが猫の耳と尻尾が生えた位で…。
「大佐」
………………。
文句を言いたいのは山々だったが、中尉の麗しい(というより本気で怖い)笑顔に堪えるしかなかった。
「う、うむ」
そう返事を返すと部下二人は満足そうに肯いてみせた。
…私が悪いとでも言いたいのか、お前達は…。
「じゃ、行ってき…」
身体の向きを変えて部屋を出ていこうとしたハボックの動きが、ぴたりと止まり。
振り返ってこちらを見る。
「どうした」
「いや、うっかり言うの忘れててことがあったんで」
「なんだ」
問えば、ハボックはにんまりとお世辞にも品が良いとは言えない笑みを浮かべて一言。
「それ、とってもお似合ですよ、大佐」
「っ!」
反射的に構え、指を擦り合わせる。

………。

何も起きない。

「…???」
右手が発火布に覆われているのを確認して、もう一度擦る。

………。

やはり何も起きない。

「………」
何がどうなっているんだ???

「うわ、大佐」
「…困ったものね」

二人の言葉はのんびりとしている割に酷く辛辣な響きを宿していて。
少なくとも慰めの気持ちがかけらもない事だけはよくわかった。


…因みに。
元に戻るまでの間、ひたすら無能扱いされた事は言うまでもなかった。
















※イロモノ万歳。


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