きんいろ







side:R



「………」

別に、それが特に何だと言う訳ではない。
そう、こういう状況で、気にするなと言うほうが無理なのだ。
誰だって自分の仕事場――言ってしまえば自分のテリトリーのようなものだ――で他人が幸せそうな間抜け顔で寝こけていたら気になるだろう。
そういうことだ。
そう自分を納得させて、それをじっくりと観察する。
応接用のソファの上。
座り心地の良いそれに身を預け、その手にはサインを貰いに来たのだろう一枚の書類。
安心しきった表情で眠る男の姿は、何故か金色の大型犬を連想させた。

――思い出すのは、子供の頃、近所で飼われていた犬にひどく惹かれたことだ。
のんびりと木陰で眠るその姿はどこか優雅ですらあって。
主人の呼び声ひとつでどこへでもやって来るような賢く忠実な犬だった。

「…あれも金色だったな」
光を浴びて淡く輝く、少しくすんだような蜂蜜色。
一度でいいから触れてみたいと、いつも思っていた。

近づいて。
そっと、手を伸ばす。

触れた髪は、予想していたより遥かに柔らかくて。
梳くように撫でてみる。
金髪の部下は、くすぐったいのか僅かに身じろぎ、でも逃れるのではなく擦り寄るような仕草を見せた。
それがますます犬を思わせて。
知らず笑みが浮かぶ。
だから、少し、反応が遅れた。

「……大、佐?」
唐突に、何の前触れもなく彼は目を開いた。
蒼天の色をした瞳に自分の姿が映されている。
まだ頭が働いていないのか、ぼんやりとこちらを見つめる常にない姿に。
「もう少し、眠っていても構わない」
そう呟くように言ってみれば。
「……中尉に怒られます」
閉じそうになる目蓋を必死で開こうと努力しながら答えてくる。
「今日中にやらなければならない仕事は?」
「これだけ、です」
「なら、後は私がサインすれば済むだろう?」
「…で、も」
「いいから。たまには休んでおけ」
「………じゃあ…お言葉に、甘えて…」
言い終わるか終わらないかのうちに寝息が聞こえだす。
相当疲れていたのか。
髪に絡めたままだった指を離して頬に触れてみたが、目を覚ます気配はない。
先程と同じ安心しきったその姿はやはりどこか犬に似ている。
もう一度だけ彼の金色の髪を梳き、その手から書類を抜き取って。
私は自分のデスクに向かった。

午後の穏やかな日差しが作り出す、暖かで優しい時間。
決して長くは続かないと知っているその時間が。
どうかもう少しだけ、そして、少しでも長く続くようにと。
そう願った。
















※居眠り。元ペーパー用SSS。


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