残業










――完璧な人間などいない。大概完璧に見えるもの程、意外な欠点や弱点を抱えているものだ。
そして、それを努力で埋めようとするような人間を、俺は嫌いではない。


今は何時くらいだろうか。
そんなことを頭の隅で考えつつ、目の前の書類を処理していく。
すっかり暗くなっているだろう外を眺める余裕はなくて、そんな自分に少し同情した。
……あと1枚だ。
そう、自分を励ましてペンを走らせていると、小さな溜息が聞こえた。
「少尉、まだ出来ないのか」
自分にかけられる――既に何度目かは忘れた――呆れを多分に含んだ嫌味に顔を上げれば。
その視線の先には声同様の表情を見せる上司がいて。
「…誰かさんが書類を止めてなきゃ残業になんかならなかったっスよ」
それなりにムッときたのでこちらも嫌味で返した。
「………」
途端に落ちる沈黙。
どうやらそれなりに気にしていたらしい。
「ま、いまさらですけどね。終業間近になって見つかったのは運が悪いっスけど」
ついでに部下に渡すべき書類をサボるのに感けてうっかり忘れた上司が悪いんですけどね。
そう心の中で呟いた声が聞こえたかのように、大佐が少し眉を寄せた。
「…悪かったとは思っている」
「ふうん」
「だから、悪かったと言っているだろう」
「………」
「…少尉」
「………」
「っ…私にどうしろと言うんだっ」
沈黙に耐え切れなくなったのか、とうとう癇癪を起こして行儀悪く指を突きつけてくる上司の。
その睨みつけてくる視線はまるで拗ねた子供ようで。
少し気分が晴れた。
「別に何も」
アンタに期待することは何もないですよ。とばかりにそう言ってやれば、その瞳に戸惑いの色が宿る。

この人は己を隠すことが上手いようで下手だ。
普段は隙がないように見えるのに、時々酷く無防備で幼い。
…まあ、それを見たいが為に意地悪をしてしまう自分も、実はかなり子供っぽい性格の持ち主ではないかと思わないでもないのだが。

「…少尉?」
怒っているのか?と、声に出さず問うその不器用さが嫌いじゃない。
「怒ってませんよ。だってアンタのする事にいちいち怒ってたらこっちの神経が磨り減っちゃうじゃないですか」
「……」
「まあ、少しむかっ腹にきたんで言い返しちゃいましたけど、怒ってるわけじゃないっスから」
真意を確かめるように、上目使いに覗き込まれて苦笑した。
俺が見せる表情に、大佐の緊張が緩む。
そんな、時折無自覚に見せる素顔も嫌いじゃない。
「…すまなかった」
「今度から気をつけてくださいね?」
「うむ」
素直に肯いて、めずらしく裏のない微笑を見せてくれて。

――あー…やべぇ。

そうぼんやり頭の中で呟く。

――かなり不味い。と言うよりはすごく不味い。
どうしよう。つい、調子に乗りすぎた。

自分のデスクに戻る大佐の背に少し視線を走らせ、その後目の前の書類に戻して。
多分怒るだろうなぁと溜息をつく。
自分が悪いのはわかっているが、あそこまで素直な態度に出られると切り出すのは気が重い。
まあ、言わないわけにもいかないのだが…。

「大佐」
「なんだ?」
「あのですね」
「だからなんだ?」
「…実はもう書類上がってるんですよ」
「何っ?」
出来ているなら何故提出しない!と近所迷惑な大声を上げる彼に。

「たまには残業デートも悪くないでしょう?」
そう、思いついたままを口にしたら、手加減なしで殴られた。

――完璧な人間などいない。大概完璧に見えるもの程、意外な欠点や弱点を抱えているものだ。
そして、それを努力で埋めようとするような人間を、俺は嫌いではない。

――でもたまには、いつも完璧に見せようとしてるアンタの、素直な表情ってやつを見てみたいんですよ。
















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