それが日常である幸福







side:J



朝の日差しが射し込む寝室に足を踏み入れる。
ベッドの上で布団に包まる彼は、いまだに浅い眠りの中にあるのだろう。
先程声をかけてから三十分ほど経ったが起きる気配は一向にない。
「おはようございます。大佐」
そっと軽いキスを頬に落としてやれば、うっすらと目を開いてとろんとした眼差しでこちらを見る。
「…まだ眠い」
「そうも言ってらんないんで。コーヒー煎れますから起きてくださいね」
「ん」
返事はするけれど、すぐに夢の中に戻ってしまいそうな様子に苦笑して。
「起きないと遅刻しちゃいますよ。あんた、今日早番でしょう?」
「んー…」
ベッドの縁に腰かけて、髪を梳く。
柔らかい髪に指を絡めて、時折頬を撫でて。くすぐったさに逃れようとするのを空いた手で遮って。
「たーいさ」
耳元に息を吹きかけるようにして呼びかける。
「…ハボ、うるさい…」
一応は返事(?)を返してくれたが、手を払ってもぞもぞと布団の中へ潜ってしまった。
そのまましばらく潜行を続けて、落ち着く場所を見つけたのかおとなしくなる。
「あんたねぇ…後五分だけっすよ?」
こうなると布団を取り上げてもシーツを被って同じ事を繰り返すだろうと判断して。
そう声をかけてみれば小さく、
「ん」
とだけ返って来た。
仕方がない。朝食の仕度をしてもう一度起こしに来るか。


とりあえずコーヒーとサラダを用意して。
ベーコンとソーセージのどちらにするか迷ったが、今日はベーコンにしようと考えて。
フライパンを温めていた時、背後の空気が動くのを感じた。
そっと、遠慮がちに後ろから手が回される。
それはまるで、幼い子供が親に甘えるような抱擁だった。
「どうしたんですか?」
振り返らずに優しく問えば。
「…何でもない」
と、小さな声が呟くように答えを返す。
「ふうん」
「何でもないからな」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
「はい、ご主人様?」
拗ねた子供のような口調から、どうやら深刻な内容ではないらしいと判断できた。
寂しくなったのか、と問えば怒るだろうからとりあえずそれは言わないでおいて。
振り返っていまだ背中に抱きついたままの人に微笑む。
見上げてくる瞳に安堵の色が浮かぶのを見て取って、視線で次の言葉を促した。
「…コーヒー」
ぶっきらぼうに言い放ち、腕を解いて離れていく。
それを少し惜しいとは思ったが、コーヒーを用意して持っていかねば今度は機嫌を損ねるだろうから、その背を見送るだけで我慢した。

「はい、どうぞ」
たっぷりミルクを入れたそれを差し出して、目の前で砂糖を一さじ加えてやる。
「ん」
大佐は嬉しそうな表情を隠すことなく受け取って。一口含んで満足そうに微笑む。
「今日はスクランブルが良い」
「了解。他にご注文は?」
そう聞いた途端、眉を寄せて何か考えている仕草をみせた。
……………。
……………。
ずいぶんと長い沈黙。
何かあったのだろうか。
「大佐?」
「…ス」
呼んでみれば、小さな声で何事か呟く。
小さすぎてさすがに聞き取れず、首を傾げていると手招きされた。
呼ばれるまま顔を寄せれば、両手で頬を包まれて。
今、不機嫌そうな顔が自分の視界一面にある。
…何か怒らせただろうかと内心少し焦ったが、よく見れば機嫌が悪い時の表情とは微妙に違うのが見て取れた。
どちらかと言えば拗ねている時のそれに近い表情に訝りながら問うてみる。
「何スか?」
「キス。まだしてない」
………。
「…ああ、そうっスね」
そういえば。
おはようのキスをしていない。
そんなことかとも思ったが、そんなことに機嫌を損ねるのが何ともいえず可愛いじゃないか。
笑い出したくなるのを堪え、大佐に倣って両手を彼の頬に添える。
「おはようございます。ロイ」
「ん、おはよう」
毎朝交わしている挨拶だというのに、それはいつもより甘く感じた。
















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