雨が降る







side:R



「雨は、嫌いだ」
私が唐突と言っていいほど何の前触れもなく口にした言葉に。
目の前をゆったりとした足取りで歩いていた金髪の男が振り返る。
「何でですか?」
疑問と、何処か確認の色を乗せた口調で聞いてくる。
本当は私の言いたい事など見越しているのだろう。
嫌になるほど澄んだ青い瞳はいつも通り穏やかで。
理屈ではなく、だが、無性に苛立ちを感じた。
「みんなが私を無能扱いする」
苛立ちのまま、吐き出すようにそう口にしてやれば。
低く笑う。
細めた瞳はまだ優しい色のままで。
それが、気に入らない。
「いいじゃないですか。雨の日くらい無能でも」
「無能じゃない」
気に入らない。
「はいはい。分かってますよ。だから拗ねないで下さいね」
「わかってない」
気に入らない。
雨も。優しい声で話すこいつも。訳もわからず苛立つ自分も。
「…わかってますよ」

――それこそ本当に唐突に。
男の声のトーンが変わった。

「ハボック?」
抑揚の乏しい、低い声に、顔を見上げれば。
蒼い焔を宿した瞳がまっすぐに向けられていた。
6年前あの戦場で見た、獣の瞳そのままの。
全てを侵食するその焔の中に、言い知れない程深い闇を隠した瞳。
そのくせ、敵意も悪意もなく。
事実のみを映し出すそれが、ただまっすぐ自分を見つめている。
「アンタ、雨の日だって焔出せるでしょ。まあ、調節は難しいみたいですけど」
「うむ」
優しいわけではなく、だが突き放す気配もない口調。
騒いでいた心が酷く落ち着く声音、それに素直に肯けば。
「いいんですよ。雨の日くらい無能で」
さっさと剣呑な空気をいつもの笑みで隠して、男は笑った。
見事なほど、先の威圧感は消え失せている。

――心は、すっかり落ち着いていた。
この男は、恐らく最初から知った上で、一番良いタイミングを見計らって行動に移したのだ。
自分がいれば変に苛立つ必要も、敵意を剥き出しにする必要もないのだと。
そう、思い出させるためだけに。

「能ある鷹は爪を隠す、か?」
「そんなところで」
「悪くない」
「でしょ」
くつくつと楽しげに笑う姿は、いつもの彼。
それは、瓢々として掴み所のない雰囲気のいつもの部下の姿で。
決して本性がそれでないと知る自分にすら、それこそが真実の姿だと錯覚させてしまう程だった。
私など比較にならない位に、本心を隠すことが上手いのだと改めて知る。

「…まだ降るんだろうか」
特に意味もなく、何とはなしにもらした疑問に。
「降りますねぇ」
男は間伸びした声でそう答えた。
















※無能の日。


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