ある非番の日の事。







side:J



錬金術師というものはどうしてこうなのだろうか。
めずらしく二人揃っての非番だというのに。

日当たりの良い場所を陣取って、背中を丸めたまま、彼――ロイ・マスタング大佐――は何かに熱中していた。
「何してるんスか?」
後ろから覗き込むと、どうやら錬金術の練成陣であるらしいことがわかる。
とりとめのない落書きのようなメモが数枚。
唯一丁寧に書かれた練成陣は、『焔』の名を持つ彼の発火布のそれとは違う。
まあ、わかるのはそれだけだが。
「うるさい。見るな」
振り返りもせずにそう返される。
素っ気ないにも程がある。
一度熱中してしまえば周りの声などないに等しいのは鋼の大将で充分理解はしているのだが。
錬金術に嫉妬するなど馬鹿げているのは分かるが、やはり少し妬ける。
「…大佐?」
少し屈んでもう一度声を掛けてみた。
「見るなと言っている」
先程と変わらぬトーンで返る声。
表情ははっきりとは分からないが、どうせこちらの事など気にも掛けていないのだろう。
「…見たって理解なんかできないっスからいいでしょう」
そう言ってみるが。
「そういう問題ではない」
返事はあくまで素っ気ない。
お前など居ても居なくても関係ないと、そう言われた気がした。

分かってはいる。
今こうしてここに居ることを許されているだけでも充分すぎるほどなのだ。
彼が招かなければ入ることも出来ない家。部屋。
自分に彼の邪魔をする権利はないのだ。

「…分かりました。好きにしてください」
小さくひとつため息を付いて、今日はもう放っておくことに決める。
多分この調子では日が暮れるまであのままだろう。
仕方ない。少し早いが夕食の準備でもしておくか。
そんなことを考えて台所に足を向けた。

どれ位経った頃だろうか。
床が軋む音に意識だけをそちらに向けた時。
「…ハボック?」
思いもよらない頼りなげな声音で名を呼ばれた。
捨てられた仔猫か、あるいは親とはぐれた子供のような。
そんな声だった。
反省したとか?
そう思ってから、それはありえないだろうと心の中で否定して。
ふとした悪戯心から、先程の彼がしたように無視してやることにした。
「………」
こちらの様子を窺っているのだろう。
「…………」
視線は感じる。勿論、振り返ってはやらないが。
………。
…………。
……………。
「…もうお前など知らんっ」
あっさり大佐はかんしゃくを起こした。
先に仕掛けたのはこっちだが、まるで子供だ。
「何逆ギレしてるんスか…」
「私が誰の為にこんなことをしているとっ…」
我ながら強い呆れを含んだ声色に、大佐はむきになって声を荒げる、が。
しまった、と言う顔をして口を噤む。
「大佐?」
「もういい。お前など知らん」
そのまま、台所を出ていってしまうのを追いかけ、リビングに足を踏み入れた時。
視界の端に鈍い輝きが映った。
見れば、先程の練成陣の上に何かが乗っている。
銀色の小さな。

――鍵か。

ふと、この前大佐が聞いてきたことを思い出した。
たしか、今何かをもらえるとして一番欲しいものは何だ…だった気がする。
茶化して――実際、半ば本気だったのだが――大佐だと答えて殴られて。
その後、鍵と答えた気がする。
「た〜い〜さ〜」
嬉しくてにやける顔もそのままに、大佐を捕まえ後ろから抱きしめる。
「左遷だ、左遷してやる」
怒っているのはわかっている。
でも、腕を振りほどこうとはしない大佐がすごく嬉しい。
どうしてこの人はこう素直じゃないのだろう。
「ロイ?」
耳元で彼の名を囁いてみる。
「っ!」
ビクリと反応を返す身体をさらに強く抱きしめて。
「すみません。俺は錬金術師じゃないんで大佐が何してるかなんてわかんなかったんです」
だから、できれば許してください。
無視した事も。
…傍に居る事も。
決して口には出さないけど。
それがたった一つの願いだから。
「…当たり前だ。駄犬ごときに理解できてたまるものか」
そんな憎まれ口を叩くアンタに俺は心底惚れてるんです。
だからどうか…。
「…俺の為、なんスよね?」
口に出せない言葉の代わりにそう聞いてみて。
「………」
沈黙と、赤く染まった大佐の耳と頬。

思いもよらない彼の反応に。
願いが叶うようにと祈りを込めて、愛の言葉を口にする。
















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