裏切行為

※ヒュハボ。両片思い。







「よう、ハボック!」
その言葉に。
俺は少なからず脱力感と眩暈を覚えた。
「…中佐、何の用ですか?…って言うか、どうやって鍵開けたんですか?」
帰ってきたら消して行ったはずの明かりが点いていて。
泥棒かと思って慎重に部屋に入ってみた所で、冒頭の挨拶になったわけだ。
「コレで入ったんだが」
コレ、と言って差し出されたのは小さな針金で。
「…アンタ、軍をクビになっても泥棒でやっていけそうですね」
せいぜい俺に捕まらないように努力してくださいね。
そう言ってやれば。
「おいおい。俺は犯罪を犯す気はないぞ」
と返される。
「じゃあ、今この状況は?…これって不法侵入っていう立派な犯罪ですよね?」
「まあ、それは置いといてだ」
都合の悪い事はスルー…まるでどっかの誰かさんにそっくりだ。
(ちなみに、今頃その誰かさんは中尉に見張られて書類の山に埋もれているはずだが。)
「…今日は帰るって言ってませんでした?」
確か昼間、指令部で、宿泊施設は取らなくていいと言っていた気がするんだが。
「別に帰るとは言ってないぞ。今日はここに泊まる気だったからな」
「俺の意思は…?」
「嫌なのか?」
「………卑怯っスよ」
んな事聞くなんて。
俺がふてくされた声でそう答えると、中佐は楽しそうに笑って手を伸ばしてくる。
抱き寄せられてその腕に閉じ込められて、その事実に安堵する自分なんて否定するべきなのに。
「卑怯者で結構。こんな時でもなきゃお前と触れ合えないんだからな」
そう囁く声の甘さがそれすら許さないのだ。
「俺、不倫って嫌いなんですよね」
軽く触れあうだけのキスの合間にぽつりと洩らせば。
「知ってる」
アンタはあっさり答えてくる。
今してる事こそがそれだと、ちゃんと分かっているんだろうか。
「アンタ、愛する奥さんも子供も居るんだからこんな事してちゃダメでしょうが」
「分かってる」
少しだけ落とされた声のトーン。
それが何を想ってのことかくらい分かるから。
「なら」
この腕で二度と触れないで欲しい。
大切なものを裏切るような生き方をアンタにして欲しくはないから。
俺は少し腕に力を籠めて離れようとしたが。
その途端、先程までより遥かに強い力で抱き締められる。
「ちょっ」
抗議の声はあっさり唇に阻まれて、最後まで紡がせてさえもらえなかった。
「…やっ」
「それでもお前が欲しいと言えば?」
否定の言葉を遮って、中佐が問う。
俺を見詰める瞳は獲物を追い詰める肉食獣のそれで。
「なに…考えてんですか」
問い返せば口の端で薄く笑って、またキスされる。
囁かれた答えは。
「お前の事」
で。
「うわ…寒イボ出そう…」
「失礼な奴だな」
俺のその反応が気に入らなかったのだろう――酷く不満そうな声で言われた。
「失礼なのはアンタでしょうが」
その言葉の意味を正しく受け止めて、中佐が眉を寄せる。
大切なものを裏切って。
そんな生き方は、アンタを大切に思ってる人達に失礼でしょうが。
そう思うのに。
なのに、この人を拒めない自分が分からない。
「…なあ、嫌か?」
耳元に吹き込まれる言葉に。
中佐の胸に頭を預けて。
「…嫌じゃないから、最悪なんですよね」
――俺も、アンタも。

そう、呟いた。















※元web拍手用SSS。


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