風邪

※たぶんヒュハボ。









「っくち」
と、ひどく可愛らしいくしゃみが、ちょうど屋上へ上がってきたヒューズの耳に届いた。
視線を向ければ、そこには手摺りに寄り掛かりぼんやりと空を見上げる金髪の少尉の姿がある。
「風邪か?」
「風邪…ひいた事ないんで判断に困りますけど」
近寄って問えば、気付いていたのか返る声に驚きの色はなく。
「どれ」
そう言って、伸ばされたヒューズの手に顰め面をするが避ける気もないらしい。
額に軽く触れた手に感じるのは明らかに高い体温。
本人は無自覚なのだろうが。
「…お前さん、熱があるぞ」
「そうですか?」
手に持ったまま燃え尽きかけていた煙草を携帯灰皿に押し付けて。
ハボックは額に触れたままだった手を抓る。
「セクハラで訴えますよ?」
「おいおい、心配してやっている人間にそれはないだろうが」
「ならさり気なく触ろうとするの止めてくれます?」
「それは無理な相談だ」
はっきりきっぱり言い切ったヒューズに。
ハボックはそれ以上はないも言わなかったが、呆れたような視線を向けた。
「何してたんだ?」
「見りゃ分かるでしょ。休憩っスよ」
「こんな寒いところでかよ?」
風邪ひきの癖に。
今度はヒューズの方が呆れた視線を送る番だった。
今は冬も間近な季節で。
最近寒くなってつらいとロイが電話で言ったのに、年なんじゃないか?と返して不興を買ったのはつい先日の事だったのだ。
「休憩所からじゃ空が良く見えないっスからね。それに、庭か屋上なら、屋上の方が空が近い」
再びハボックの視線は空に向く。
秋晴れというには少し寒々としてはいたが、よく晴れた空が広がっている。
「空が見たかったわけか?」
「別に。何も考えたくない時は空を見上げるってだけですよ」
「ふーん」
なるほどねと頷いたヒューズに、ハボックは僅かに首を傾げた。
それから、「まあいいか」と呟き、手摺りから離れる。
「そろそろ戻りますけど、あんたはどうします?」
「俺はロイのとこに報告」
「?…さっき行ってませんでした?」
不思議そうな顔で問うハボック。
「ん。いや、さっきのとは別件だ」
要領を得ない返事に、
「はあ」
ハボックも曖昧に相槌を打った。
そのまま歩き出そうとして、
「っと。おいおい、大丈夫か?」
ヒューズはよろけた体を咄嗟に支える。
「…ちょっと眩暈がしただけです」
まだ眩暈が続いているのか。
答えるハボックは眉間に皺を寄せ目を閉じていた。
「ほら、腕かせ」
「いいですよ」
「でないとお姫様抱っこで運ぶぞ」
「………」
最悪だとかなんとか小さく呟いてはいたが、ハボックは渋々といった体でヒューズに手を差し出した。


「よう、ロイ」
かけられた声に顔を上げ、ロイは一瞬どう反応すべきか迷った。
「……どうしたんだ?」
と、とりあえず聞いてみるが、
「はぁ…」
ハボックは、曖昧に笑って見せただけだった。
その身体を支えるヒューズの腕の片方は腰に回っていて。
それが、ロイを絶句させた原因だった。
半ば抱き寄せるような体勢だ。
(これを見た奴の精神的ダメージは結構大きいのではないだろうか?)
ロイはそう頭の中で分析する――現実逃避だという自覚はあった。
「こいつ今日はもう上がらせていいか?」
問われて、頷く。
ロイもハボックの調子が悪い事は知っていた。
今はここにいないが、おそらくホークアイも知っていただろう。
「…わかった。ハボック、明日提出の分の仕事は終わっていたな?」
「まあ、一応」
「なら帰ってさっさと寝ろ」
「はい」
ハボックは素直に頷いた。
手を離したヒューズに礼を言い、普段よりゆっくりした動作で歩き出す。
「っと、ハボック」
「なんですか?」
捉えた手はかなり熱く、先程より悪化していることが伺えた。
その手を離さぬまま、ヒューズは彼の耳元に囁くように告げる。
「今日は泊まりで看病してやるから、おとなしく待ってろよ?」
(…むしろ悪化しそうだから来ないでくれ)
そう思ったハボックの心の内を読んだのかどうかは知らないが。
ヒューズは楽しげに意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
















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