欲求 PREVIEW










「ちょっ…中佐っ!」
あまりに突然のことに、抵抗を忘れた。
その結果が、机に身体を押し付けられ組み敷かれた現状で。

普段なら、こんな失態はしない。
だから、どこかで油断していたのは確かだ。
この人は自分を傷つける『敵』ではない、と。
そう、思い込んでいた自分の愚かさにただ、呆れた。

「放して…くれませんか?」
詰めていた息を吐きながら聞けば。その言葉に、中佐はにやりと笑う。
「せっかく押さえ込んだってのに逃がすわけねぇだろ」
低く響く、少し掠れた雄の声。それを耳元で聞かされる。
「男、押し倒して何が楽しいんですか?」
俺としては、押し付けられた背中も手加減なしに掴まれる手首も痛いし、資料室の古くて埃だらけの机が俺の体重に耐え切れずに上げる軋みも耳障りだし、一つも良い事ない。むしろ大迷惑だ。
「楽しいぜ、ずっとこうしたかったんだしな」
思いもよらない言葉に、首を傾げる。
「…アンタ、変態ですか…」
「いや。んなわけねぇだろ。ただ、な」
お前に興味があるんだよ。明らかな意図を持って触れる指に背筋が粟立った。
「ま、鍵はかけてあるから安心しろ」
言って、また笑う。
その顔は欲情した雄のそれで。
何故、自分はこの、上司の親友を『敵』ではないものと認識してしまったのだろうかと、考えた。

――優しいからか…。
思い至り、その考えに笑ってしまう。俺も、あの上司も、無条件で優しくしてくれる存在に弱い。
だから、決して優しいだけの存在でないと知りながら、それでも気を許してしまったのだろう。

だからと言って、このままいい様にされてしまうのは本意ではない。
なのに、何故か抵抗する気が起きないのだ。
抵抗しようと思えば出来るだろう。力は俺の方が強いと知っている。
なのに、心も身体も抵抗の機会を逸したままで。
遠慮なく触れてくる手を感じながら、それが何故なのかを考えた。
不明瞭で、正確には程遠く。なかなかその答えに辿り着けない。
ただ、よくわからない感情が心の中にある。
その中で、ふと上司の悲しげな、苦しそうに歪んだ顔が頭を過ぎり。
次いで、同じような表情を浮かべる中佐の顔を思い浮かべてしまい、表情にこそ出さなかったが激しく動揺した。

――ああ、そうか。
ようやく気づく。

俺は、この人を傷つけたくないのだ。
あの、この人を信頼している上司の為にも、そして、自分自身の為にも…。















※『欲求』の前置き。続く。


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